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丹精に手入れされたウメオさんの段畑とサトイモの隣にネギを植えるため草取りをしていて、ひと休みする高田ウメオさん
丹精に手入れされたウメオさんの段畑とサトイモの隣にネギを植えるため草取りをしていて、ひと休みする高田ウメオさん
 
今はなんっちゃ不自由はないわいなし。
鬼北町大宿の棚田で野菜を作る
農業  高田ウメオさん(82)
 
愛媛県北部の四万十川源流域には数多くの川がある。
鬼北町と西予市との境をなす山塊からしみ出す水を集めて流れる権台川も、大宿川、広見川に合流してやがては四万十に注ぐ川である。
広い谷の所々に小さな集落が点在する権台川上流の山里で、畑を打つ高田ウメオさんに出会った。
久しぶりに夫の友義さん(86)と2人並んで記念撮影
久しぶりに夫の友義さん(86)と2人並んで記念撮影
 「ああ、たまげたなし」
 里いも畑で三つ又の鍬を打っていたところに急に声をかけ、驚かせてしまったようだ。
 「今はクリがすんだけんなし。楽になってちょっと一休みできそうなわい。オヤジ(夫)が温泉に行こうか言うけんど、私はいやや。しわもぐれになってしもて」
 補聴器を当て、「2年前、オヤジが一輪車で石を運びよって川にこけてなし。2メートル下から、おとろしや、血もぐれになって自力で上がってきたんやで。それから私、耳が聞こえんようになって。人間、どういうことでショックを受けるか分からんな」
 1男5女の5番目に生まれた高田さんは、隠居の家督を建ててもらい、戦後まもなく結婚。5人の子どもを育て、当初2反だった田んぼを苦労しながら増やしてきた。
 「ようやったもんじゃと思うがなし。あらゆる仕事をしましたで。夜は縄をのうてムシロ打って。炭も焼いたし、カヤで炭俵も編んだ。棚田の草も鎌で刈りましたで。草刈り機も手袋もないけんなし。指をカヤで切って漬物も泣く泣く上げるくらい痛かった。出稼ぎもした。家政婦がいちばん金が残ったなし。1年間やったんよ。今はなんっちゃ不自由はないわいなし」
 以前は水田だった棚田で、ご主人の友義さん(86)と2人でクリと20種類近くの野菜を作っている。JAに出すのは元の桑畑だったところに植えたクリだけだ。クリが終わったこれからもネギやタマネギを植え、里芋を掘り、大根やジャガイモの中打ち、小豆や大豆の収穫作業が待っている。棚田の石垣だって管理はやわではない。「小さいはしごを持ってきて、それに上っては石垣の草を引くんよ」。毎日の台所仕事や家の雑用もある。季節はめぐり、仕事に終わりはないのだ。

 「野菜が太った、これができたという楽しみがあらいな。それに水。上の岩の中から水が出るんよ。水ぐらいありがたいものはないわい。私、苦労しとんなはるお大師さんがいちばん好きなんよ。朝はお水とお茶とお線香あげてお願いするの、今日も一日元気で仕事をさしてください。夜はローソクともして、今日はありがとう、無事にすみました、お礼言うのよ」
 雨の日に必ず聞くテープがある。「氷川きよしのズンドコ。好きじゃ、元気になる、言うたら娘たちがみな同じテープを送ってくれてなし」。きよしのポスターも貼ってある。その横に、娘がマジックで大きく書いた言葉が貼られていた。何でもかんでもやらないかん気持ちは捨てること、体をいたわって使うこと。
 日々の厳しい労働を支える楽しみもある。「毎晩1本の缶ビールをオヤジと分け合って飲んでな。8時には寝ることよなし」
 いたずらっぽい笑顔の中に、棚田とともに生きてきた女の根性がいぶし銀のように光っていた。
大宿地区の伊原高一さんの田んぼでは、この日、最後の稲刈りが行われていた大宿地区の伊原高一さんの田んぼでは、この日、最後の稲刈りが行われていた
広見川の支流で間引きした大根の葉を洗う
広見川の支流で間引きした大根の葉を洗う
松野町(まつのちょう)
●人口/4827人(8月末現在)
●面積/98.50ku
●基幹産業/農業(稲作、桃、ユズなど)
●松野町役場/TEL..0895-42-1111

鬼北町(きほくちょう)
●人口/1万2651人(8月末現在)
●面積/241.87ku
●基幹産業/林業、農業(稲作など)
●鬼北町役場/TEL.0895-45-1111

いま、鬼北町で「わぁー、いっぱいできたね!鬼北町立泉小学校の児童全員で稲刈り

「大事な大事なお米ちゃん、大事な大事なお米ちゃん…」。
鎌で稲を刈る子どもたちが小さな声で歌っている。
 広見川沿いの1枚だけ刈り残した田んぼに泉小学校67人の児童が全員集合。地区の顔見知りのおじさんたちに、事前に鎌の扱いと刈り方、稲の束ね方を教わり、稲木の準備をした6年生に教えてもらいながらの稲刈りだ。「おれがやってみらい。脚を広げて、しゃがんで、鎌は回して切る」。春に田植えをした6年生の自信あふれる鎌使いを見つめる下級生の目は真剣そのもの。束ねた稲が次々に稲木に掛けられる。農家のおじさんが「稲束は七三に分け、多い方に次の稲束の少ない方を噛ましてギュッと押す」とコツを教える。
 「わぁ、いっぱいできたね!」
 14アールの田んぼを2時間近く汗だくで稲刈りした子どもたちも、おじさんたちも大満足。「あとは脱穀、精米して卒業前にみんなで食べます。赤米より黒米のほうが美味しいよ」と、6年生の高内雅治君が教えてくれた。
 今年で8回目を迎えた泉小の全員稲刈り。来年は5年生が主役となる。お米の大切さと技術と絆が受け継がれていく。


文・伊藤 直枝 写真・芥川 仁

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