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人間が閉じ込められたように見える金網で囲まれた畑

栗谷地区下中小屋集落で
 春らんまんの栗谷地区の風景は楽園そのもの。畦はきれいに刈り込み、畦塗りが終わったばかりだ。文字通り丹精を込めた田畑である。
 だが、よく見ると、田畑という田畑は、トタンや網や電柵でぐるりと囲まれている。里におりてきて畑や水田を荒らすイノシシやシカ、サルなどの害獣の侵入を防ぐためだ。被害が目立ち始めたのは、10年ほど前から。
 栗谷川の支流にある栗田地区。田植えにはまだ日にちがあるが、谷筋のいちばん上にある小椋安治さん(58)の田んぼは、よそより早く水が入り始めた。
 「山の米はうまいと評判はいいのだが、ここは水は冷やかいし、日照時間は短くてな。反当たり6俵、よくて7俵半しか取れんのや」
 小椋さんは勤めに出ている。もともとの家業は林業なので作っている水田は約四反と少なく、管理を人任せにすると赤字になりかねない。水田を維持するためにも、勤めの傍ら自分で米を作り続けている。小椋さんの田んぼも、ぐるりと電柵で囲まれている。田植え後に苗を食べにくるシカ、実りの季節に稲の穂を食べにくるイノシシとサルを防ぐためだ。
 「電柵を張らなければ米の収穫はゼロ。農業を続ける意欲も萎えてしまう」
 獣被害の深刻さを語りながらも、小椋さんは、町から遊びに来た友だちに「この谷は水がきれいの。米もうまかろう、分けてくれ」と言われた言葉を励みに、田植えの準備に余念がない。
 


 小椋さんには2人の息子がいる。長男は名古屋で就職しているが、25歳の次男は松阪市に就職、家から車で約1時間かけて通っている。
 「次男が家にいてくれるのはうれしいが、親として、次男に家業を継がせる気はない。ここは奥じゃから」
 家があるのは栗谷地区の中でも奥まった場所。若者にはかわいそうと言うのである。奥とはいっても、松阪市まで車でわずか1時間である。
 「そりゃそうだ。でも、やっぱり人家が少なく、道で会うのは人より動物の方が多いからな。わしゃ生まれたときからここに住んどるから慣れとるけど」。
鉄砲撃ちに誘うと、喜んで一緒に行くという次男のことを、「あんがい、ここが気にいっとるのかもしれんな」と、彼は口元をゆるめた。傍目には不便な所と思われようと、生まれ育った故郷の良さは、世代を超えてきっちり伝わっている。
奥伊勢・栗谷川流域の息吹 TOP  1  2  3  4  5  6 森本綾さんの「イモもち」
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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