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リトルヘブン

アメンボウが泳いでいる。 しっぽが出てきたばかりのオタマジャクシが、ゆらゆら揺れている。 田植えを終えた棚田では、まだ頼りないひょろっとした苗の間を、たくましく生きる者たちの姿がある。 夕方、蛙の声を聞きながら棚田を一段ずつ下っていくと、笹岡和子さん(76)に出会った。 ちょうど、摘んだばかりの茶葉を鉄鍋で炒っているところだった。 大きな鍋に若緑色の葉をたっぷり入れ、手早く混ぜ合わせる。 ある程度柔らかくなったら、筵(むしろ)の上でそれを揉む。
「ゴンゴン揉んだら切れるぞねって、子供の頃ばあさんに言われましたよ」。
野性味の感じられる、緑茶の香りだった。 数日間、天日に干して乾燥させる。 八畝の人たちは、次の春まで大切にこの茶を飲む。
「ミネラル水と言うて、栄養剤を1000倍に薄めてかけよるのよ」
「ミネラル水と言うて、
栄養剤を1000倍に薄めてかけよるのよ」

富子さんの家の軒下、収穫したばかりのタマネギが並んでいる
富子さんの家の軒下、
収穫したばかりのタマネギが並んでいる
和子さんの長男繁男さん(55)は、大豊町の委託で、ゴミ収集の仕事をしている。 電機メーカーの技術者だった繁男さんは、十年程前に仕事を辞めて高知市から八畝に帰ってきた。 残業が多く、ストレスから夜中に目覚めることも多かったという。
「ふたりの娘がまだ学校に行きよるから、金銭的には厳しいんよ。ただ、家族と一緒に過ごせるからええ」

八畝にも、現実の厳しさはある。 集落の狭い田畑では、満足のいく現金収入を得ることは難しい。 和子さんも富子さんも、以前は蚕を飼っていたし、農閑期になれば、工事現場でも働いた。 働き詰めだった和子さんなのに、こんなことを言う。
「今の人は、大変ぞね。あくる日も仕事じゃけん、夜はさっと帰る。 昔は二日も三日も酒飲んで、バケツ叩いて呑気なもんじゃった。 七夕にはとうきび焼いて、半夏(はんげ)の日はミョウガの葉で包んだ団子を作ったんじゃ」

和子さん宅の縁側に座って眺めていた怒田集落が、ぼんやりしてきた。ひとつ、ふたっつ、家の明かりが灯った。 帰り道、田んぼの水を見に来ている富子さんの姿をまた見かけた。 今週末には長男が帰ってきて、一緒に田植えをするのだと言う。

田植えをしていた和子さんと水の見回りから帰る富子さんが
出会って立ち話。「美人に撮ってよ」と笑いが弾ける
田植えをしていた和子さんと
水の見回りから帰る富子さんが 出会って立ち話。
「美人に撮ってよ」と笑いが弾ける

文・阿部直美 写真・芥川 仁

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