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リトルヘブン
日暮れ前、夕食の支度をするために、自分用スクーターに乗って新築の家に帰る石川延子さん
仕事に追われる娘家族の分も含め、家事を一手に引き受けている

焚き火をしていた夫の敬一さんは、カメラを向けるとカンフーの構えらしきポーズをとった 
結婚して62年間、一度も夫婦喧嘩をしたことがない
焚き火をしていた夫の敬一さんは、カメラを向けるとカンフーの構えらしきポーズをとった  結婚して62年間、一度も夫婦喧嘩をしたことがない
カツン、カツン、
と足元で音がした。坂を転がる、茶褐色のもの。 見上げると、覆いかぶさるように枝を伸ばした木に、ぎっちりと実が成っていた。

「おらが嫁サ来た時は、そこの納屋の高さだったの」。
ヤマナシの木だった。この地域では、サネ(種)も食べられるナシで、サネナシと呼ぶ。 潰れた実からは、ほのかに甘酸っぱい香りがした。

 

石川延子さんは、毎朝九時半頃、「スクーター」と呼ぶクボタの電動カートに乗って四、五百メートル先の自宅から、 このサネナシの木がある家にやってくる。四年前、新しくできた道路沿いに家を新築したので、 古い家のここは一息ついたり、牛舎で出た洗濯物を干す場所として使っている。同じ頃、夫の敬一さん(81)は、赤いトラクターで出勤だ。

「おじいさんも私も、はァ好きなことやってるだけ。牛の世話は娘らに任せてるから、草取りして畑の世話して、漬けもん漬けて。呑気なもんサ」

延子さん夫婦が、十頭程の乳牛を飼って手搾りでやっていた頃、山谷川目地区には同じような酪農家が何軒もあった。 今は、肉牛を飼育する家はあっても、乳牛は延子さんのところだけだ。
「私たちも五十代になって、はァこの仕事やめるべえっておじいさんと言ってましたよ。ゆるくねえ、仕事だから」


搾乳の後、作業場の片付けをする娘の由紀子さん
搾乳の後、作業場の片付けをする娘の由紀子さん

ヤマナシの実
カツン、カツンと落ちてくる
畑の世話して漬けもん漬けて
呑気なもんサ

一人娘の由紀子さん(48)も、後を継ぐつもりはなかったようだ。 そこへ、牛好きの始さん(51)が現れて、急展開となった。

「お父さん(婿)は、電気屋サ、勤めてたの。 普通なら、電気屋さんが牛なんか見ねえんだ。 なのに、うちさ、修理に来た時に牛を一生懸命見てっから、おっかしいなあって思ってよ、 近くで牛飼っている姉に聞いたら、姉んとこに修理に来てもやっぱり牛を見てるって言うんだ。 こりゃあ本当の牛好きだっていうんで、一人娘にどうかって思ったの。 そしたら本人も、牛飼ってるとこなら婿サ行ってもいいって言うもんでさ」。
牛が結んだ縁だった。 始さんは電気屋を辞め、十三年前には新しく牛舎も建てた。今では、育成中の牛を含めて六十頭を飼育している。

今、延子さんには気がかりがある。働き者の娘夫婦の健康だ。
「まだ来ねえな、来ねえなって、車の灯っこ見えるまで眠れねえの」。
機械化されたとはいえ、搾乳だけでも朝と晩で二時間ずつかかる。夜十時をまわる二人の帰宅を、三人の孫たちと待つ毎日だ。  
牛好きの婿、始さん
牛好きの婿、始さん

古い家の入り口のヤマナシの実
古い家の入り口のヤマナシの実
「私は体悪くて、しょっちゅう病院通いをしたんだわ。結婚十年目でやっと子供を授かったの。 未熟児で、保育器サ借りてきたんだども、昔は暖房もねえっし、裸にして保育器サ入れたら風邪ひくぞって産婆さんが言うから、抱いて寝たの。
それが、今のお母さん(娘)だ。兄弟もなくってひとりぼっちでも、小言もまけた(言った)ことねえ。いいお母さん(娘)なんだ」。

延子さんの目が、少し潤んだ。

延子さんが、朝一番にすることがある。おにぎりを八つ握るのだ。
娘と婿と、孫たちの昼ごはんになる。みんなが、今日も元気に過ごせますように。その気持ちを込めて、一つずつ丁寧に握る。

文・阿部直美  写真・芥川仁

岩手県盛岡市玉山区のデータ
●人口/13,554人(平成17年・合併前)
●面積/397.32平方キロメートル 
●高齢化率/26.8%(平成17年)
●主要産業/(平成17年)
 第一次産業の割合 22.7%
 第二次産業   25.6%
 第三次産業   51.5%
●盛岡市玉山総合事務所 
 〒028-4195
 盛岡市玉山区渋民字泉田77-1
 TEL019-651-4111
●取材地/玉山区山谷川目地区への行き方
 岩手県交通の盛岡バスセンター玉山線・のりばから好摩駅行きに乗り、「小屋場」で下車、所要時間34分間。
 後は徒歩で約30分。平日は1日4本、土日祭日は1日3本。
冬支度が整った薪小屋
冬支度が整った薪小屋

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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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