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リトルヘブン
小高い杉山と台地の境にある竹林に干されたイカンテ
小高い杉山と台地の境にある竹林に干されたイカンテを乾燥させるのは、太陽よりも冷たい西風が恵みとなる。
薩摩原台地の西側に連なる九州山脈が遠くに見える。
「ぽらんぽらんしちょるわ。ええ風が吹いてきよった」。三根米子さん(84)が、大根の皮をむく手を休めて裏山を見上げた。九州山脈から吹く西風が、裏の杉山へと駆け上がる。
「じゃがじゃが(いいぞいいぞ)これで乾いてくれっちゃろ」
専用カッターで、大根を一本ずつ薄切りにしていた息子の正則さん(54)は、ほっとした表情だ。裏の杉木立に紐が張り巡らされ、この地方で「イカンテ」と呼ぶ割干し大根が干してある。測ったみたいな等間隔で、イカンテは静かに揺れていた。
杉林に干した三根正則さんのイカンテ
杉林に干した三根正則さんのイカンテ
満開の梅の花が春の香りを届ける
満開の梅の花が春の香りを届ける
ショウガの味噌漬けを持って徳永アイ子さん(右)が遊びに来た
ショウガの味噌漬けを持って徳永アイ子さん(右)が遊びに来た
宮崎県の中央部に位置する東諸県郡国富町は、千切り大根の生産が日本一の町だ。
青いネットを張った幅二メートル長さ五四メートルもある天日干し用の棚がいくつも並ぶ。棚に広げられたばかりのまっ白い大根からは、ツンと鼻をつく青臭い匂いがする。
「やっと吹きよったわ。ええ西風じゃ」。福田優さん(74)が、連なる西の山々を見上げて言った。イカンテ農家も千切り大根農家も、風を待つのは同じだ。
ここは戦後、鹿児島県からの入植者が多かった開拓地区で、薩摩原台地と呼ばれる。数台のトラクターが、ゆっくりと進むなかに、優さんの息子誠さん(50)夫婦の姿があった。
ショウガの味噌漬けを持って徳永アイ子さん(右)が遊びに来た
ゆっくりと前進するリモート運転のトラクターで千切り大根を棚に干す
ショウガの味噌漬けを持って徳永アイ子さん(右)が遊びに来た
西風のなか千切りのムラを
直す
リモコン操縦で動くトラクターには、山積みされた大根のコンテナと、千切り機が連結してある。その場で長さ十センチほどに細切りされた大根が、棚に吹き上げられるが、機械で撒くのはムラがでるため、最後は人の手が頼りだ。優さんは、手作りの小さな熊手で均等にならしていた。
「ニュースより何よりも、テレビの天気図よ。高気圧が弱いなっちゅう時には、風が弱まるから、トラクターの足を速めて千切り大根を薄く撒くっちゃ」 棚からポタポタ滴が垂れる。三月中には田植えが始まるこの土地の、滋養となるに違いない。

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