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リトルヘブン
金見谷集落を杉山から望む。茂みの陰にちらっと見えるトタン屋根が公民館
 
柱と梁で格子状とした土壁の切妻屋根は、
この地方独特の農家の造り
幾重にも折り重なるように伸びる林道沿いに、幹回りがふた抱えもありそうな杉の巨樹が二本ある。「江戸時代の末期、うちのご先祖が、お伊勢さんにお参りした時に持ち帰って、植えたちゅう六本のうちの二本ですわ」と、現在も林業で生計を立てる治郎右ヱ門(屋号)の江端俊慧さん(65)。
「ここいらは、水分をようけ含んだ雪が二メートルも積もってのう、それまで植わっていた水海(みずうみ)杉っちゅう品種が雪には弱かったもんで、先祖は雪に強い杉を探しておったんでしょう」。枝が細くて幹は緩慢、細く伸びて色艶が良い。大雪にも負けなかった杉は、治郎右ヱ門杉として評判になり、その枝葉から杉苗を採って金見谷地区のみんなが植えた。お伊勢参りのご利益は、その後、地域のみんなが受けたのだ。樹齢百六十年とも言われる二本の杉は、集落にとっても母なる樹なのである。
「男らは、山で草刈りや枝打ちだ。女はっつうと、杉の枝っぽをとって担いで帰ったんだ。葉が、にちっとついてねえとあかん。長さを切り揃えてな、田の畔に二年植えておくと根が出て杉苗になったんだ」。俊慧さんの母ふじ子さん(86)は、杉苗作りで現金収入を得て、息子たち四人を育てた。
 屋敷にある小さな菜園で、藤田忠治さん(67)が、青い実のトマトに、カラス除けの網を掛けていた。普段は福井市内に住んでいるが、「今年四月に父を亡くしてのう、先祖は守らなあかん」と、週二日は、おむすびを持って生まれ育った金見谷の我が家に帰ってくる。 「冬来てみい、冬の方が景色がいいと思うどのぉ、真っ白で。仕事はできんよ、何にも。囲炉裏に居るだけでぇ、仕事なんてせんね」  墓のまわり、神社の石段横、集落から見える全ての杉の幹。測量士によって巻かれたピンク色のビニールテープが、やがてこの土地がダムにのみ込まれることになると、静かに物語っている。藤田さんの「冬来てみい」の言葉に、消えてしまうふるさとに対する愛着が滲んでいた。  マーフィは、行方不明になって四日目の夕方、遠く離れた道路上で見つかり、キクエさんのもとへ無事に帰ってきたという。
カラス避けの網を掛ける藤田忠治さん
藤田キクエさんと田中マツノさんが、
林道に座り込んで何やら世間話
「虫の目 里の声」 TOP  1  2  3  4  5  6  7 土地の香り、家の味
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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