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リトルヘブン
小雨や曇りが続く梅雨空のひと時、杉林の中から太陽が差し込んだ瞬間に、草むらのクモの巣に付いた雨滴が宝石のように輝いた
雨上がりの早朝、道ばたの畑がしっとりと濡れていた。手作りのカーブミラーや畑の畝の様子に土地への愛着がにじむ。
 艶めかしい指の動きが、桑を噛(か)む時の蚕のようでもあり、木の葉を揺らす風にも見える。竹林を背に、白布を纏(まと)った天女が舞う。舞踏家浅野瑞穂さんによる「金色姫伝説」の舞に、「すごいのお」と、客席から声が漏れた。筑波山の麓にある蚕影山(こかげやま)神社に伝わる伝説が、地元の六所(ろくしょ)集落で舞踏として演じられるのは初めてのこと。「踊ってる場所、昔は豚舎だった所だっぺ」「んだなあ」と囁(ささや)きながら、どの顔も驚きと感嘆で高揚していた。
主を亡くした茅葺(かやぶ)き古民家が、川崎市在住の小倉多美子さん(69)に修復され、室内はモダンなサロン空間に生まれ変わった。
ショウガの味噌漬けを持って徳永アイ子さん(右)が遊びに来た
茅葺き古民家のお披露目で「金色姫伝説」を舞う浅野瑞穂さんに、六所集落の皆さんが見とれる
小倉さんは、ここを人々の交流の場にと望み、今回、家のお披露目を兼ねたイベントを開催することになったのだ。海の幸や新米むすび、手打ちそばなどがふるまわれ、パコン、パコン、と太鼓の音が響き始めると、若者たちが舞台に立って踊りだす。座って見ていた六所の女性たちも、思わず腰を浮かせて盆踊りの要領でリズムをとる。四十七世帯が暮らす六所集落は、賑やかな笑い声と拍手に包まれていた。
でんべいさん(稲荷)の森のジョロウグモ
庭先で熟れていたザクロの実
ひときわ目立つピラカンサが雨に濡れていた
 茨城県の南西部つくば市臼井地区。男体山、女体山の二峰を持つ筑波山の裾野には、地域の人たちが言う「のんびりした人柄」を育む豊かな風土がある。幾筋もの沢が集落をくまなく潤し米作りに適した大地。冬も温暖で、ザクロやいちじく、小粒の福来(ふくれ)みかんなどが、庭の隅でたわわに実っている。ここは、かつて養蚕の一大拠点だった。蚕を祀るのは日本で一社といわれる蚕影山神社があり、全盛期には近隣の県から大型バスを連ねて参拝者が訪れた。
   「息子が大学生だった頃な、帰ってくると『おごさま(蚕)臭いねえ』ってよく言ったんだわ」。六所の隣、立野集落に住む皆川喜代(みながわきよ)さん(75)は、当時を懐かしむ。昭和五十二年まで蚕を飼っていた。蚕の糞は最高の肥料だ。畑に撒いた糞は発酵し集落全体に漂う。外へ出たからこそ気づく、ふるさとの匂いだったに違いない。今、山麓の道を歩くと、伸び放題になった桑の木のジャングルに遭遇する。中を覗くと、そこだけが蚕の時代のまま時計が止まっているように静かだ。
文・阿部直美
写真・芥川仁

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