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リトルヘブン
 茅葺き古民家の購入を決めた小倉さんを、六所集落の人々は温かく迎え入れた。昔ながらの家を維持することは、集落の財産ともなるからだ。
  「うちも相当古いよ」。榎田きよ子さん(80)は、江戸時代に作られた長屋門を構え土蔵のある旧家に暮らす。結婚当時は、朝一番に起きて門の扉を開けるのが、嫁のきよ子さんの役目だった。
日曜日の午後、自宅近くの小川でアブラハヤを釣る楽しみがある
 今、扉は開けっぱなしで、二男の嫁が早起きする必要はない。「昔はさ、正月三が日は『若水とり』って言って、男が山の水汲んできて神棚にお供えして、女に代わって雑煮も作ってくれたっけねえ。今は息子が元日の朝だけ、水道ひねって若水とりするけど、あの子は雑煮は作らないねえ」。きよ子さんが嫁いだ頃の風習は、いつしか行われなくなっている。「でもね、毎年のお盆には、先祖の位牌をずらーっと並べるの。古い位牌を見ると『元禄』なんて書いてあるんだ」。かつて土蔵でドラムを叩いていたという音楽好きの二男が、これからは嫁と二人で後を引き継いでくれるはずだ。今も変わらず続けているお盆行事の話をしてくれたきよ子さんの言葉の中に、安堵の思いを感じた。
学校帰りの六所の子どもたち。
左から亮太くん(小3)、大夢くん(小4)、日陽里さん(小5)、彩花さん(小4)、伽奈美さん(小4)
臼井地区では、どこの家でも犬を飼っている。
夕暮れ時に自由の散歩
 筑波山にかかる霧が、夕闇とともに山麓に降りてきた。稲刈りの終わった田に、籾殻(もみがら)を撒く人の姿があった。長戸健(ながとけん)さん(68)だ。「俺は虫が大嫌いでさ、触るとひゃっとするお蚕は特に嫌いだった」。農業が性に合わず、養蚕をしていた両親の元を離れて会社員となった。長い歳月を都会で過ごし数年前、年老いた母に代わって田畑をするため戻って来た。「俺がもっとじいさんになれば、田舎の暮らしを楽しめるかもしれねえけど、まだちっと無理だっぺ」。軽トラックから、熟してはち切れんばかりのトマトをふたつ持ってきた。「やるよ」と差し出した健さんの手は、本人の気持ちとは裏腹に、指紋にまで土が沁み込んだ「農家の手」だった。
 東京都内からも一目でわかる、関東平野にそびえ立つ筑波山。その圧倒的な存在感を持つ山は、故郷を出る者、帰る者、すべてを大きな懐で受け入れる。ススキを持って犬の散歩をする人たちが、急ぎ足で通り過ぎて行った。今宵は中秋の名月だ。
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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori