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リトルヘブン
 ザッザッと、力強い音が台所に響く。松崎志津子さん(83)が、使い込まれた両手に余るほど大きな竹製の「鬼おろし」で大根をおろしていく。摺り下ろすというより大根を細長く砕くといった感じだ。節分のあとの初午(はつうま)の日に作る郷土料理「すみつかれ」だが、今日は特別に近所の榎田きよ子さん(80)も手伝って作ってくれるという。
使い込まれた「鬼おろし」で大根をおろす
 「実家では、すみつかれを酢の物みたいに生で食べたの。でも、嫁いだ先が煮るから、今は煮る派だね」。きよ子さんが言うと、「私はずっと、煮てるっぺ。煮たのを冷たくして食べるんが、好きだいな」と志津子さん。材料は、大根と人参が各1本ずつ。油揚げ2枚と、炒った大豆80gほど。「節分で大豆が余るっぺ。それを使って作るんだ」。きよ子さんが、指先で転がすように豆の皮を一つずつむく。油揚げは短冊切りにして、おろした大根と人参、皮むき大豆とともに鍋に入れる。「人によっちゃあ、酒粕入れるっぺ。私はさっぱり食べたいから、入れないよ」「うちもおんなじ」。ふたりは、さっぱりの薄味が好みだ。鍋を火にかけて、砂糖大サジ1杯半、醤油とみりん大サジ4杯ほどを、何回かに分けて入れた。途中、塩で味を調える。「ほとんど煮えたなっつう頃、酢を100cc入れてちっと馴染ませたら、出来上がりだ」。火にかけてから20分後、10人分はありそうなすみつかれが完成。炒り豆の濃縮された味が、大根に沁み込んでいる。冷めると、豆の香りはさらに増す。ご飯がすすむ、すっきり味の煮物だ。  「ふたりして、酒のんだねえ」。きよ子さんが言うと「でんべいさん(稲荷)にお供えした後、持ってった酒を飲んじゃったな」と、志津子さんがけらけら笑った。ふたりは、六所に嫁いで以来、初午の日に近所のでんべいさんにお供えする赤飯とすみつかれを欠かさない。「飲んで遊んじゃった」のは、50年も前の一回きりなのに、忘れられない愉快な思い出だ。
松崎志津子さんの「すみつかれ」
松崎志津子さん(左)と榎田きよ子さん
 
 
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