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リトルヘブン
筒井神社の祭りの日、境内の真ん中に立てられた槍鉾
 ここ蛭谷は「木地師発祥の地」ですわ。大昔はう ちも木地師でな、大じいさんが轆轤で挽いた盆がひ とつだけ残っとります。小椋千軒って言われたくら いかつての集落には人がおって、みんな小椋姓で木 地師ですわ。今じゃあ、皆、集落を出て、蛭谷で暮 らしているのはうち一軒。週末には何人か帰ってき ますけど、寂しいですなあ。
  私ら子どもん頃はな、大阪、名古屋をはじめ日本 各地から木地師の団体さんが蛭谷に参拝に来ました わ。惟喬親王を祀った筒井神社は、木地師の始祖で すわ。皇位継承に敗れてこの地に来られた親王が、 轆轤を伝授してくれはったいうことです。

 団体さんが筒井神社に参拝に来るとなあ、その団 体の名前の入った小さな幟を持って、道の途中まで 馬車を迎えに行ったもんですわ。男の人は着物に角 帯。腰には煙草入れ。女の人は着物のすそをは しょって赤い腰巻きが見えよる。情緒ありましたが な。子どもの私には、おやつをくれよる。嬉しかっ たわ。母さん方は接待です。神社下にある寺の本堂 に泊まる皆さんに、食事を用意しておりました。
 この蛭谷には、いろんな人が来ますのや。ある時 道端で休憩しとったら、男が歩いて来た。聞けば、 会社が倒産して行き場がないさかい、五百円持って 筒井神社へ来た言うんですわ。前に木地師をしとっ たって聞いてな、じゃあうちへ来い言うたんです。 それから二年間、家に泊めてすべて面倒みました わ。蛭谷は、明治になると木地師が一人ものうなっ たんです。
 彼は、腕がよろしかった。作る椀や盆が評判に なって、蛭谷に人が大勢来るようになりました。こ んな田舎におってもな、いろんな人が訪ねて来て下 さる。それぞれの土地のことを教えて下さる。縁っ てもんは、大切にせんとあかんのですわ。

語り部・小椋正美さん
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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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