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リトルヘブン
梅雨空の合間から淡い夕日が差し込み、中須北の棚田を照らし出した。手前が東山集落、対岸は野段集落。その間を黒石川が流れている
 刈払機を担いで、男たちが山を登っていく。「わ しはぁ、今年が最後じゃろ。次の当番がまわってく るんは五年後じゃけえ」。六人の中で最高齢の藤井 二三さん(75)は、そう言いながらも丸太を軽々と 跨ぎ、落ち葉が積もっている滑りやすい道をずんず ん進む。「若けえもんが頑張ってくれちょるから心 強いよ」。そう言って二三さんは、真っ赤な繋ぎの 作業服を着た佐伯健太郎さん(29)や「棚田清流の 会」会長の佐伯伴章さん(51)を見やる
杵崎様の草刈りを終えて下山する各集落の小世話人
 中須(なかず)北集落で最も高い頂の岡山(おか やま)(590m余)へ登り始めて三十分、風の神「杵 崎様(きざきさま)」を祀(まつ)る祠(ほこら) に到着した。刈払機のエンジン音をブゥーンブゥー ンと響かせながら、六人が草むらへ分け入ると、前 日の雨をたっぷり吸い込んだ夏草が茂る杵崎様の境 内は、清々しい青草の匂いに包まれた。
 やがて祠の前に皆が腰を下ろすスペースができ た。「よっしゃ、お神酒をいただかなあかん」。呑 み助を自認する伴章さんが、全員に缶ビールを配っ て、真っ先にプシュと缶を開けた。
 山口県周南市の北東に位置する中須北地区は、中 国山地の中山間盆地にある。標高三百メートル辺り に東山(ひがしやま)集落、野段(のだん)集落な どの民家が点在し、すり鉢状の棚田を形成してい る。棚田の底を縫うように黒石川が流れ、岡山の峠 を越えたところにある足谷(あしだに)溜め池から 引いた水路が、東山集落の上を流れ、そこから幾重 にも分岐して棚田を潤している。
 「昔は宮司さんを馬に乗してな、みんなでここに 来て、豊作祈願をしよったんじゃ。親父の時代にゃ あ、一度ひどい干ばつがあってな、風の神様じゃけ え雨乞いをしたちゅう話や。いよいよ年寄りばっか で山へ上がれんようになってよ。阿田社の『泥落と し』とひっつけて一緒にやることにしたんじゃ」
 伴章さんの言葉に皆が頷く。
 野段集落にある阿田社の神事「泥落とし」は、午 後二時から始まる。各集落の小世話人は、今朝、ま ず阿田社境内の草刈りと清掃から始め、その後杵崎 様へやって来た。
 「そうじゃ。この後、みっちゃんちの鯉のぼりの 竿を片づけなあかん。てご(手伝い)してくれる か」。伴章さんが、小世話人ではないのに率先して 草刈りに参加していた健太郎さんに声をかける。缶 ビールのお神酒でひと息入れると、四人の男たちは 次の現場、高橋幹二(みきじ)さん(51)宅の庭へ 勇んで向かった。
黒石川のサワガニ
草むらで卵を抱いているキジのメス

阿田社に集まった地区の女性たちが、神事の始まりを待つ
中須北地区で16年ぶりの赤ちゃん瑞喜くん
草刈りの終わった畦に残されていたネジバナ
●取材地の窓口
山口県周南市“いのち育む里づくり”部
〒745-8655 山口県周南市岐山通1丁目1番地
電話 0834-22-8221
●取材地までの交通
JR徳山駅から須々万経由で須金局前行きの防長バス に乗り約40分、阿田川バス停で下車。
大人片道910円。
(平日1日7本、土日祝は5本)
防長バス周南営業所 電話 0833-43-2200
阿田川バス停
 
 
文・阿部直美
写真・芥川仁

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