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リトルヘブン
阿田社境内に太鼓が響き、泥落とし神事が始まろうとしている
笏に米を乗せて運勢を占う
 境内に、佐伯嘉勇(よしいさ)さん(81)の打ち 鳴らす太鼓が響き、田植えが無事終わったことに感 謝する「泥落とし」神事が始まった。阿田社は六年 前の台風で、境内の樫の木が倒れ拝殿が倒壊した。 今は、石造りの本殿が、一段高い所にあるだけだ。 拝殿があった所にパイプ椅子が並べられ、本殿前の テーブル中央には祭壇が設けられた。テーブルの端 に小ぶりの布袋が三十個近く積まれている。この巾 着袋は「お申し袋」と呼ばれ、氏子は、米一升を入 れて、お供えとして持ち寄るのが習わしだ。
 出雲大社中須教会の宮司木村幸蛇(きむらゆき み)さん(85)が祈祷を始めると、大世話人を務め る高橋将則さん(74)が、お申し袋の一つを宮司の 前に置いた。宮司は、袋の中の米を十粒ほど取り出 して笏に乗せ、その家の運勢を占う。その後、御神 米と書かれたお札に笏の米を納めて、お供えの米を 受け取った替わりとして、元のお申し袋に入れてく れる。
 
 笏(しゃく)に米を並べるのは「くじを引く」こ とだ。良い結果が出るまでやり直し、その回数で家 の運勢が占えるという。お申し袋の数だけくじが引 かれた。集まった人たちは我が家の占いを気にかけ るふうでもなく、のんびりと後ろの椅子に座り、小 声で世間話をしながら宮司の所作を見守っていた。  数日後、涼しい風が吹き、濃い緑色の稲がそよぐ 夕刻。共同の農機具置き場前に腰を下ろして、幹二 さんと伴章さんが夕焼け空を眺めていた。幹二さん が嬉しそうに話す。
犬の散歩をする法光さんへ幹二さんが相談事
田の縁にせり出した葉にモリアオガエルの卵
 
 「うちの息子は、中須北で十六年ぶりに生まれた 赤ん坊でな、この前の初節句には、四十人以上が集 まってくれたんだ。庭に畳敷いてテントまで張った んじゃ。息子が生まれて、えかったのと思うちょる んよ。亡くなった母親が、家が絶えると言いよるの を聞くのは、ぶちせんなかったから(とても切な かったから)」
 中須北地区のまとめ役、伴章さんの口調はいつも 威勢が良い。「こないだの杵崎様もそうじゃが、ち いっとでも腰下ろしてみんなしてビール一杯飲むん が大事じゃ。どこそこの家が草刈りで大変だっちゅ うことを聞けば、てごしちゃるけえって話にもなる わ。祭りごとがあるけえ、田舎が廃れへんのじゃけ」
 ふたりの手には缶ビールがある。犬の散歩をして いた重吉法光(しげよしのりみつ)さん(53)が通 りかかると、そのまま吸い寄せられるようにふたり の隣に座った。

 
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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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