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リトルヘブン
野段集落の上にあるサイフォン式灌漑用水の給水タ ンクへ案内してくれた高藤務美さん
画面左奥が峰市台地の田んぼになっている
 写真が一枚あるんです。大正六年二月二十二日峰 市耕地整理溜め池起工式。稲を刈り取った田んぼ で、正装の着物姿の男たちがずらっと横一列に並ん じょる。中央におる佐伯治郎組合長らは、相当な決 意をしたんじゃろう。何しろ、畑地じゃった峰市台 地に水を引くため、足谷(あしだに)溜め池を作っ て水路を引き、サイフォンの原理を使って窪地の反 対側の台地にも水が流れるようにしたんじゃから。
 うちの親父は、水の番人をしちょって、どっかの 水路で水漏れがあったちゅうたら駆けつける。溜め 池にはいつも行きよりました。私が高等科一年の 頃、「学校行く前に、棒を入れに行ってこい」っ ちゅうて親父に言われると、四つ歳下の弟重一 (じゅういち)を連れて溜め池まで行くんです。昔 は人が通らんようなウサギ道で、おっかなびっくり 歩いて山の尾根を越えちゃると、ゴォーコゴォーコ と水の音が響いてくる。はぁ気味が悪くってねえ。 溜め池で投身自殺があった、草履がここに脱い じゃった、なんて聞いとったもんだから、恐ろしゅ うてたまらんの。
 溜め池の水を出すところに「斜樋」ちゅう尺八の ように穴があいちょる特厚土管があって、水面スレ スレだと穴に差しちょる次の栓を抜かなあかん。学 校遅れちゃいけんし、不気味だしで気が急いて、息 止めてザブっと水に入って斜樋の栓を引っこ抜くこ ともありました。丸太を穴ん中に突っ込んで、流れ る水の量を調節してましたわ。
 今はもう、そんなことをせんでもええ。改修工事 で、水漏れの心配ものうなりました。峰市台地のサ イフォン式灌漑用水は地味じゃが、先代の知恵と実 行力には感心しちょります。誰かがこの記録を残さ なあかん。そんな気持ちで、自分でも調べて書き残 しちょります。
 
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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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