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リトルヘブン
エッセイ 故郷への想い / 故郷の香り / 三浦和人 (シンガーソングライター)

 東京に暮らして三十年が過ぎようとしている。最近気づいた事がある。天気予報を見る度に、故郷の天気を気にしているのだ。冬になると「初雪はいつ降るだろうか」等と、思いを巡らしている事にハッとする自分がいる。
 僕の故郷は、兵庫県宍粟市。鳥取県境の我が町は、峠に向かってカーブを曲がる度に雪が増えていく。春になると、里山にヒバリ、鶯の鳴き声が響き、桜吹雪の舞う校庭には、切ない想いを抱えながらの旅立ちの情景。初夏の萌えるような若葉の輝きに勇気をもらい、泳ぐことが大好きで、地元では「カッパ」と言われた僕は、夏の到来を心待ちにする。川から上がれば、田んぼで草野球。見上げれば、本当の青色をたたえた空に真っ白な雲。そして、谷間に響き渡る蝉時雨。秋には真っ紅に染まる山々に心癒され、町中が森の香りに包まれる。そして、やがてまた訪れる冬と共に、全てを白く染めていく雪の美しさに思いを巡らせる。
 僕にとって、心の葛藤を、唯一吐き出させてくれたのが音楽だった。そして、心の救いとしての音楽にのめり込んでいった。初めての独り暮らしとなった名古屋での大学時代、念願の音楽家への道がスタート。そして、導かれるように東京へ。段々と故郷から離れていく。激変する環境に戸惑いながらも、夢の実現と、それを続けていく為に必死に歩いて来た。つまずきそうになった時、僕を支えてくれたのは、生まれ来る楽曲達だった。NHKの「みんなのうた」に採用された「遠い空」という曲は、ソロアーティストとしての僕の歩みを、力強く後押ししてくれた大切な曲である。それは、まさに故郷を思い、書き上げた楽曲である。そう、いつも故郷は、僕に寄り添っていてくれたのだ。東京に居ながら、子どもの頃と変わらず、風の香りに季節を探す僕がいる。故郷の自然が、心の琴線を揺らす扉を僕の中に、そっと忍ばせてくれていた事に、感謝の気持ちで一杯になる。自分と向き合う時「故郷の香り」に心は満たされる。それを忘れない限り、僕の「夢つづり」は、絶える事はないだろう。

 
三浦和人

三浦和人(みうら かずと)

 1980年フォークデュオ雅夢「愛はかげろう」でデビュー。84年に解散後、FMラジオ音楽番組「三浦和人のポップナウ」のパーソナリティを毎回ゲストを迎えながら13年間担当する。2000年、NHKの「みんなのうた」で「遠い空」の起用をきっかけに本格的にアーティスト活動を再開。毎年、定期的なソロライブに加え、フォーク時代を築いた先輩アーティスト達とのジョイントコンサートに積極的に参加。昨年、デビュー30周年を迎え、4月に記念アルバム「僕の声が聞こえますか」をリリースすると共に、今年4月には、30周年記念コンサートを収録した2枚組のDVD「風の足跡」がリリースされる。

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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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