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葉タバコの栽培が出来なくなった山内雄二さんと恒代さん夫妻は、葉タバコに使う予定の「分解マルチ」を夏野菜に掛ける

葉タバコの栽培が出来なくなった山内雄二さんと恒代さん夫妻は、葉タバコに使う予定の「分解マルチ」を夏野菜に掛ける


ふた幅手ぬぐいを被る秋津クラ子さん   各戸に蔵が建ち豊かさが伝わる
ふた幅手ぬぐいを被る秋津クラ子さん   各戸に蔵が建ち豊かさが伝わる

   「三月に種蒔いたんだけど、今年はやんないでくれって言われて、ポットさ植える前に芽を全部投げ(捨て)ちまった。県で決めたことだから仕方ねえけどよ」
 山内啓資(けいすけ)さん(80)は、妻のセツ子さん(80)と自宅前で草取りをしていた。例年ならば、葉タバコと野菜の植え付け、田植えが一斉に始まって最も忙しい時期だが、今年は福島県たばこ耕作組合が県内全域で葉タバコの作付け断念を決定したせいで、予定が狂ってしまった。福島第一原発事故の影響だ。
 「これまでタバコさあったから、冬、出稼ぎに出なぐってもやってこられたんだ。おらが三代目、息子の雄二が四代目。タバコ栽培百年になんだ。農家は、一年休むとダメだな。人間一回楽すっと、体がそうなっちまう」。葉タバコは、春に植えて夏に収穫、冬の寒い時期に葉を選別する。
一年がかりの仕事だ。仕事量の多さもあり、今では地区で啓資さんのところ一軒が栽培を続けている。「おれ、東京に友だちさいっから、毎年春にはフキノトウを送ってやるの。今年は送らねがった。遠慮したの」。セツ子さんが言うと、「今は福島っつうだけで、嫌われっちいだからな」。啓資さんの表情には、憤りとあきらめが入り混じり合っていた。
 福島第一原発から約百キロ離れている会津美里町でも、農用地の放射性物質調査を独自に実施している。四月十八日の調査で高田地区の値は、ヨウ素131は検出されず、セシウム134及び137の合計が50    値の百分の一にとどまっていた。  舟木とみ子さん(84)も又、田植えを前に複雑な心境だった。「今年息子が定年退職になってな、農業任せっかって思ってんの。でもなあ、作っても福島の米は買ってもらえねえのかなって心配でな、田を三枚作っか五枚にすっか思案してたら、五枚植えてみんべえって息子が言ってくれたんだ」。明日、田に水を張って代掻きをする予定だ。

 雨上がりの朝、かぼちゃを植えたばかりの畑にとみ子さんの姿があった。「おれ、手足ただおきたくねえからよ」と言う。「冬もな、寒い座敷に座って布巾(ふきん)さ縫うんだ。親に言われたの。炬燵(こたつ)さ当たってろくな仕事が出来るもんでねえって。それ、肝に命じてるんだ」。晒(さらし)を二枚重ねて、きれいな色の刺繍糸(ししゅういと)で花や幾何学模様(きかがくもよう)を手縫いする。近所の茶飲み友だちが布巾を大切に使ってくれるのが嬉しくて、とみ子さんはひと冬に何十枚も作るのだ。

「虫の目 里の声」 TOP  1  2  3  4  5  6  7 秋津ミサヲさん(82)の「こづゆ」
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori