TOP
リトルヘブン
草刈りを終えた柿の木畑の下で、君臨するように辺りを見るツチイナゴ。面奥の森の下を急坂の県道54号線が走っている。
  人影の無い初冬の田んぼにジョロウグモのメスが巣を掛けて獲物を待っていた。遠くに曽爾村の景観を代表する鎧岳(右側)と兜岳が見える

宇山和代さん宅の入り口になっていた柚子 宇山和代さん宅の入り口になっていた柚子

トマトの片付けをする細谷正夫さん トマトの片付けをする細谷正夫さん

集落に差し込む朝日にツタが輝く 集落に差し込む朝日にツタが輝く

 

 土の着いたコンニャク芋が土間に干してある。真っ赤な鷹の爪、しぼんで小さくなった干し柿。太良路(たろじ)を歩いていると、各家の軒下に生活の匂いを感じる。ところが、人の気配がない。洗濯物は干してあるのだが、しんと静かだ。
 ビニールハウスの中に人影が見えた。細谷正夫さん(77)が、ゆっくりとした動作で収穫の終わったトマトの撤収作業をしているのだ。
「トマトが終わると農閑期やさかい、今は特にすることがないんやで」
 そう言いながら正夫さんは、先に根を引き抜いて枯らしておいたトマトの木を束ね、木を縛り付けた支柱パイプを抜いて集めている。支柱は一棟のハウスで二百五十本ほど。紐で束ねて小屋に運ぶだけで重労働のようだ。
 奈良県北東部、宇陀郡曽爾村(うだぐんそにむら)は、鎧岳、兜岳、屏風岩など、室生火山群の噴火による柱状節理(ちゅうじょうせつり)の岩壁がそそり立つ個性的な山々が西に連なる。一方の東側、三重県境に位置する亀山、倶留尊山(くろそやま)は、なだらかな山肌で群生する一面のススキが美しい。ここを曽爾高原(そにこうげん)と呼び、湿原植物の宝庫であるお亀池の周りは、絶好のハイキングコースだ。
 かつて茅葺屋根(かやぶきやね)に利用されていたここのススキを守るため、毎年三月の山焼きを一手に担ってきたのが、曽爾村内に九つある大字のなかで、四十二戸と世帯数の最も少ない太良路の人々だった。
曽爾(そに)いうたら林業でな 自分で材木を用意して こんな家にしてくれ。
 たわわに実る柿の木が闇に霞んできた頃、家の下の畑に阪上良美(さかがみよしみ)さん(72)の姿があった。
「糠漬(ぬかづ)けに使うさかい、日野菜(ひのな)を引っこ抜いとるんや」
 夕飯用の小松菜も一緒に一輪車に積み、良美さんが坂道をゆっくりと上る。その頃になると、良美さんの夫覚(さとる)さん(76)も山仕事から帰宅した。
「曽爾いうたら林業でな、この家も、昭和四十七年にわしが自分で材木を用意して、図面も引いてな、こんな家にしてくれ言うて大工さんに建ててもろうたんや」
 今となっては、もう少し広い炊事場が欲しいが、良美さんにとっても自慢の家だ。

宇山さん宅で実っていた甘柿。「100年ほど前からある甘柿の元祖と聞いております。誰も食べませんから、お猿さんか小鳥の餌ですわ」   林業の収入は少ないが、山を荒らさないため村人は斧を研いで山に入る   阪上覚さん宅の風呂は、薪でボイラーを沸かす方式。薪は1年分が準備してあった
宇山さん宅で実っていた甘柿。「100年ほど前からある甘柿の元祖と聞いております。誰も食べませんから、お猿さんか小鳥の餌ですわ」   林業の収入は少ないが、山を荒らさないため村人は斧を研いで山に入る   阪上覚さん宅の風呂は、薪でボイラーを沸かす方式。薪は1年分が準備してあった
奈良県宇陀郡曽爾村

●取材地の窓口
曽爾村観光協会事務局
〒633-1212
奈良県宇陀郡曽爾村大字今井495-1
電話 0745-94-2101(内線264)

●取材地までの交通
三重県の近鉄名張駅西口から三重交通(株)の山粕西行きバスで太良路バス停へ。1日5本、所要時間は37分、料金720円。10月1日から11月30日までは曽爾高原行きも日曜と祭日に1日2本、平日は1本出ている。料金は810円。
奈良県の近鉄榛原駅南口から奈良交通(株)の曽爾村役場行きバスで終点まで。1日5本、所要時間は55分、料金1030円。村役場からは三重交通(株)の名張行きバスに乗り換えて太良路バス停へ。

 

文・阿部直美
写真・芥川仁

「虫の眼里の声」は2ページにつづく
TOP TOP  1  2  3  4  5  6  7 「虫の目 里の声」2
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori