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屏風岩の裏を流れる谷川で捌いた猪を、梁に吊り下げる寺前誠二さん(右)と猟友会仲間の首藤義典さん
屏風岩の裏を流れる谷川で捌いた猪を、梁に吊り下げる寺前誠二さん(右)と猟友会仲間の首藤義典さん
山の文化を受け継いできたんや
真剣勝負やないとあきまへん。
悪戯っ子のような表情を見せる寺前誠二さん
悪戯っ子のような表情を見せる寺前誠二さん


寺前さん宅の蔵の前に干してあった玉ねぎ
寺前さん宅の蔵の前に干してあった玉ねぎ


捌いた猪を谷川の水に浸けてしばらく冷やす
捌いた猪を谷川の水に浸けてしばらく冷やす

 

「こんなちっさいのは、逃がしてやりたいねんけどな、農作物の被害を考えたらそうもでけん」と、寺前誠二さん。夏の間に畑を荒らす、猪や鹿を捕らえるため仕掛けた罠に、猪の子が掛かっている。
この日、猟友会仲間の首藤義典(しゅどうよしのり)さん(54)から「手伝うて」と、電話をもらって駆けつけた。
「ホンマはな、わしら猟師ゆうのは、冬の時期の脂がのった猪を捕りたいんや。近所の人に分配してな、みんなで動物のタンパク質を摂るってことや。そうやって山の文化を昔から受け継いできたんや」
罠で捕えた猪を、軽トラックに積むと、二人は屏風岩の裏手へ向かった。汚れている毛を谷川で丁寧に洗い、腹にナイフを入れる。
「内臓は、猟師しか食べられん特権やな。血抜きして川ん中で冷やした後、鍋にすんねん。肉は二、三日干して旨味が増したら、捌(さば)いて食べんのやで」
猟師の取り分として、持ち帰る内臓を選り分けている義典さんの横を、誠二さんが川石の陰を覗いて歩いている。「猪捌いとる時真っ先に出てくるんはサワガニやで。匂いを嗅ぎつけて出てくるんや。わしが飼(こ)うてる猪の大好物やさかい、捕って帰ろうと思うて」。
義典さん宅に移動して、猪の突き出た鼻に針金を巻くと、六頭を小屋の梁(はり)に吊り下げた。乾燥させると胃の薬になるという胆嚢も吊るす。生き物の命をいただいた以上、すべてを無駄にはしない覚悟が感じられる。
十五歳で農家の作男になって三十七円 今はよ、ちゃんと生きていければいいの
五年前息子の健史(けんじ)さん(49)に「高原トマト」一万本の栽培を譲った誠二さんは、時間の余裕ができた。今は、狩猟解禁日に仲間と猟に行くことが楽しみだ。
「おとつい、国見山に登ってきましたんや。猪の足跡があるか、好物のミズナラの実がなっとるか、そんなんばっか見てきましたわ。どうも、今年は屏風岩の裏側にはおらんな」
誠二さんは、現在、銃を所持していない。五年ほど前、猟銃免許の更新を逃してしまい、皆に惜しまれたがやめた。
「鉄砲を持っとった頃な、わしは獣道の上でまっすぐに構えて待ちますねん。撃ち外したら、飛び込んでくるような位置や。野生の生き物の命をいただくんやさかい、真剣勝負やないとあきまへん。目玉だけ動かして、頭が動いてもあきまへん。来るかもしれんゆう緊張がよろしいのや」
山の話が始まると誠二さんは、顔が上気して早口になり、突っ走る獲物に負けない迫力だ。

寺前さんが谷川で捕まえたサワガニ。小さいのですぐ逃がした 寺前さんが谷川で捕まえたサワガニ。
小さいのですぐ逃がした
文・阿部直美
写真・芥川仁
 
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