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みつばちの童話と絵本のコンクール


«おぼろ月の夜»

佳作

作橋本嘉津栄(岡山)

――――――――――――――――――――


«おばあさまは、五百年ほど前、この家の裏山に城があったのをご存じでしょうか。»
娘さんは、静かに話はじめました。
«城の名は赤松城。私は城主の娘で"しの"と申しました。私が六歳の時、父は隣にあった上山城と同盟を結びました。もしどこからか敵が攻めて来た時は、お互いに協力して戦うという約束をしたのです。その約束のしるしとして、上山城主の長男千寿丸さまが来られ、私たちの城で暮すことになりました。
千寿丸さまは私より三つ年上の九歳。人質という身の上ではありましたが、私の父母も家臣も、千寿丸さまを大切に可愛がり、私達は兄妹のように仲良く育ったのでございます。私と千寿丸さまは、私が十三才の時結婚の約束をしました。親たちが決めたことですが、私はあの方が大好きでしたから、とても嬉しく思いました。城主の娘として生まれたものは、城のため国のためなら、どんなに嫌なところへでも嫁入りしなければいけない時代でしたから、好きな人と結婚出来るなんて、本当にありがたいことだと思いました。
"しの"と名のった娘さんは、ふっと大きくため息をつきました。
«この藤の花の着物と帯地は、結婚の決まった私のために、両親がわざわざ京からとりよせてくれたものです。『上山の城で、その着物を着たあなたを一日も早く見たいものだ。楽しみに待っているから、どうか元気でいてください。』千寿丸さまはそう言い残して、上城山へ帰っていかれました。しかし、それから間もなく、近辺の城をとりまく情勢は大きく変わっていきました。『上山城が裏切るかも知れない・・・』どこからかそんな噂が流れてきましたが、私はあの千寿丸さまが、私たちを裏切るとはどうしても信じられませんでした。ある夜、私は父や兄たちが、ひそひそと話し合う声を耳にしました。
『今討っておかなければ、必ずこちらが討たれることになる・・・』
『父親の病は重いらしいから、将常さえ殺せば上山城はこちらのものじゃ・・・』
私は、凍りついたようにその場に立ちつくしました。将常とは、大人となった千寿丸さまの新しい名前です。父や兄たちは、将常さまが病気の父君のために、観音さまへお参りする途中を襲って、命を奪おうとしていました。しかもその日取りは明日の夜・・・迷ったり考えたりする余裕はありませんでした。私はただ々あの人を死なせたくなかったのです»
しのさんの目から涙が溢れだし、静に頬をぬらしていきました。
«・・・私は急いで手紙を書きました。"いつの時もあなたを信じ、お会いできる日を待っています。観音さまへお参りの道中は、くれぐれも身辺お気を付け下さいませ"短い文章に精一杯の思いをこめた手紙は、信用出来る召使に持たせ、必ず将常さまへ直接お渡しするように言いつけました。そうすることは、父達や城の人々を裏切ることになる・・・それは私にもわかってはいましたが、まさかあんなに早く、恐ろしいことになるとは、思いもしなかったのです・・・
『今討っておかなければ、必ずこちらが討たれることになる・・・』
父や兄達の言っていたことは本当でした。私が手紙をことずけてから二日目の夜、赤松城は突然の夜襲を受けました。攻めてきたのは上山城の兵のほかに、近国の兵も加わっていましたが、夜中突然の出来事で、私などは何が何やらわからないうちに、城は火に包まれ、城内の女達は、北へ北へと逃げるしかありませんでした。城の北側は、人が登ったり降りたり出来ない急な崖になっていて、そこから敵が攻めて来ることはありませんが、逃げることも出来ない所でした。私は北へ逃れながら、これが将常さまの反撃なのだと思いました。『今討っておかなければ、必ずこちらが討たれる・・・・・・』そう思ったのは父や兄たちばかりではなく、将常さまも同じだったのでしょう。父や兄達を討たれ、城を焼かれ、私はあの方を恨みましたが、心から怨みきることも出来ませんでした。そして自分が、あんな手紙を出したばかりに、多くの人々が傷つき血を流し、死んでいく・・・恐ろしくて哀しくて胸をかきむしられる気持ちでした。»
赤松城主の娘しのさんの話は、何百年という遠い々昔の出来事ではありましたが、おばあさんには、しのさんの気持ちがよく解り、心から同情する気持ちになっていました。
«私たち城内の女が、城の北の端に追いつめられていった時、後ろから数人の男たちの叫び声が聞こえました。『しのさま(しの姫さまはどこじゃ(』男たちは口々に私の名を呼んでいます。しかし、それは味方の兵ではないことがすぐにわかりました。『しのさま(お迎えにまいりました(必ず、無事にお救けせよとの、わが殿将常さまのご命令です(』
私の胸は激しく波打ました。つい先ほどまで、一緒に暮らす日を夢見てきた将常さまがらの使者の声に、私はすぐにも飛び出して行きたい気持ちでした。しかし少し考えれば、そんなことはとても出来ないことでした。あのお人・・・将常さまは、父や兄や、多くの人々の命を奪い、赤松城を滅ぼした張本人、憎むべき敵なのですから・・・私の目の前に、北の行き止まり、鋭い崖が見えていました。のぞきこんで立ち止まれば、飛び込む勇気が消えてしまいます。私は小走りに走って、そのまま崖から身を投げました。その時、私を呼ぶ将常さまの声を聞いたような気がしましたが、もはやどうすることも出来ませんでした。・・・真っ暗な闇の中、宙に浮いたような感じで私は気がつきました。生きているのか、死んでいるのかさえ解らないままに、頭の中には、聞いたかも知れない将常さまの、私を呼ぶ声だけが空しく駆け巡っていました。







『わたしは観世音菩薩です。しのよ・・・』
突然、静かな優しいお声が聞こえて、目の前がほのかに明るくなりました。
『将常を慕いながらも、死ななければならなかったお前の気持を、わたしは可哀相に思っています。しかし今すぐには、わたしの力でお前を幸せにすることは出来ません。すべてを忘れ、新しい世界に旅立ちなさい。しかしどうしてもお前の心が、将常を忘れることが出来ないなら、長い長い年月ののち、お前達が一緒になれるように、取り計らってあげることは出来ます。そう・・・五百年という年月を待ち続けるならば、戦のない世の中で二人は出会えるでしょう。今新しい世界に行くか、将常を待つか、良く々考えてお決めなさい』
私は『将常さまを待たせて下さいませ』とお願いしました、『五百年も待つのですよ』と観音さまはおっしゃいましたが、私は『待ちます』とお答えしました。なぜかはっきりと心が決まっていました。私は、涙をたくさん流しながらも、しだいに心が澄み渡り、暖かく落ち着いていくのを感じていました»
静かに話すしのさんの頬は、さきほど流した涙にぬれて美しく輝いていましたが、しのさんはもう泣いてはいませんでした。
«観音さまは、長い間待ち続ける私のために、私を蜜蜂にして下さいました»
«えっ、蜜蜂に"»
おばあさんは驚きました。
«はい。蜜蜂のなかでも、一番働き続ける働き蜂にしていただきました。もちろん蜂の命は短いのですが、私は観音さまのお力で幾度も幾度も命をいただきました。
しのさんは云い、なぜ蜜蜂なのか、まだ不思議そうな顔のおばあさんに
«私が観音さまにお願いしたのです『あの方を待つ間、赤松城の落城で犠牲になられた人達に、少しでもお詫びが出来ないでしょうか。直接気持ちを伝えることは出来なくても、なにか少しでも出来ることがあればさせてくださいませ』と。観音さまは思案された後、私を蜜蜂になさいました。『自分のためではなく、ほかの者のために働きなさい。美しく咲いた花々を訪ねてはその蜜をもらい、仲間を育てなさい。その時、お前が運ぶ蜜一滴々は、お前の心にある思い出の人達の魂をも慰め、満たしていくのです。お前の働きで誰かが喜べば、お前が詫びたいと思う人々もどこかで幸せになっているのだと思いなさい』・・・観音さまのお言葉に従って、私は毎日々蜜蜂として働き続けてきました。戦国の武将として、戦場を駆け巡る将常さまの姿を目にしながら、その足元に咲く小さな野いばらの花から蜜をもらったこともありました。もちろん、あの人と口をきくことなどできず、返り血に染まったその姿を痛ましく見守るだけでしたが・・・その後将常さまは、敵の射た矢で首を射抜かれて亡くなられました。私は戦国の世を、殺し合いながら生きなければならなかった将常さまが、死後にどのような罰を受けられるのか・・・胸が痛みました。けれど蜜蜂の私に出来ることはただ一つ、黙々と働いて誰かに喜んでもらうことです。やがて人間に飼われるようになった蜜蜂の私は、直接人間の役にたち、人間を喜ばせることが出来るようになりました。(一人でも多くの人に喜んでもらえれば、将常さまの心も少しは慰められるはず・・・)そう信じて、私は頑張りました。
数えきれない花々の蜜をもらい、その香りを嗅ぎ、野山を通る様々な風の声を聞いて、私は五百年の年月を過ごしてきたのです・・・・・・
そして先日。ついに観音さまから、五百年ぶりの縁日に当る日の早朝、観音堂の前で将常さまに会わせてくださると知らせていただきました。その時に、この着物地と帯地も下さいました。私達にとって、思い出深い反物で仕立てた着物を着て会いに行けるように・・・との、観音様のお心づかいでした。しかし蜜蜂の私に、着物を縫うことは出来ませんし、町まで行って仕立屋さんに頼むことも出来ません。第一お金も持っていないのです。困っていると観音さまが『あの家に住んでいるおばあさんに頼んでごらんなさい。一生懸命にお願いすれば、きっと引き受けてくれるはずです。着物が出来上がったら、本当のことをお話し、心をこめたお礼をすれば、お金ではなくてもあの人は許してくれるでしょう。それに、あの人は知らないけれど、遠い昔、あの人の先祖も、赤松城ゆかりの人だったのですよ。』と、教えてくださいました・・・»
«そうでしたか。よくわかりましたよ»
おばあさんは、幾度も頷きました。そして、
はじめてしのさんに会った時、見知らぬ娘さんなのに、なにか懐かしいような気持ちになったのを思い出していました。
«仕立物の代金など、心配なさることはありませんよ。私は素晴らしい藤の花の反物で、あなたに素晴らしい着物を作ってさしあげたかったのです。望みどうりになりました。どうぞ安心してお出かけ下さい。とても美しい花嫁さまですわ。観音さまのお導きで、今度こそお幸せにおなりなさいませ・・・»
おばあさんの言葉に、しのさんは幾度も頭を下げて
«そろそろ夜明けが近いようです。お言葉に甘えて、行かせていただきます。玄関の片隅に、小さな壷を一つ置きました。私に出来るせめてものお礼です。どうぞ召し上がって、いつまでもお元気でお暮らし下さいませ・・・»
しのさんはすっと立ち上がると、そのまま・・・けむりのように静かに消えていきました。
(夢をみていたのかしら・・・)
おばあさんは、思わずまばたきをして辺りを見回しました。しのさんの姿も、衣装掛けの着物もなく、いつもと同じ静かな部屋でした。おばあさんは立ち上がって、玄関へ行ってみました。玄関には、夜明けの白い薄明りが射し込んでいて、片隅の床の上に、見かけない茶色の壷が一つおいてありました。
«まあ(やっぱり夢じゃなかったのね。»
おばあさんは壷をかかえて、そっと壷を開けてみました。甘いやさしい香りがして、薄茶色の液体がゆっくりと揺れていました。蜜蜂だったしのさんからの贈り物でした。
(しのさん、ありがとう。大切にいただきます)
おばあさんは、壷をかかえたまま玄関を開け庭に出ました。薄青い朝の光の中で、観音様のお寺の鐘がしずかに鳴り響きました。
藤の花の着物を着たしのさんは、いまごろ観音さまの石段を上っているのでしょうか・・・




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