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高田光一さんの「ガニ炊き」メンもオンも大きくて甲羅の固いのがうまいんよ
 
四万十川の清流を支える支流の一つ、愛媛県広見川流域の魅力は、
静かな谷間の空気と濃密な近所の絆。ただそれだけで、幸せを感じさせる。

「お〜い、大きいのが獲れたぞ〜」と、高田光一さん
「オーイ、大きいのが獲れたぞ〜」と、高田光一さん
  「おう、今日は大漁よ。一昨日、雨が降ったきいな。重たいわい」
 秋の陽が川面にはじける広見川の上流。腰まで流れにつかり、高田光一さん(54)は3日前に餌を取り替えていた13のジンド(中に餌をつけた四角い網かご)と、2つのウエ(V字型の受けの先端に仕掛けた円筒のかご)の全てからガニを取り出した。ハサミに黒い毛をふさふさつけた川ガニ(モクズガニ)が魚籠から逃げだそうとガサガサ暴れた。脚を広げれば30センチ近い大ガニもいる。
 河口や海で孵化し脱皮を繰り返しながら遡上する川ガニは上流で1〜3年かけて育つ。繁殖活動のため再び川を下りるところを狙うのである。ガニ漁のポイントは、岩底を避け、流れが急でも緩やかでもない場所を選ぶこと。温い雨が降った晩にはよく下りるという。高田さんにはガニの気持ちが分かるらしい。

 
 「イタンポ(イタドリ)の花が咲くと旬、言うてな。卵抱いて海に下りる今がいちばんよ。メン(雌)もオン(雄)も大きくて甲羅の固いのがうまいんよ」。8月1日から12月31日までの漁期に、ガニ漁歴30年の高田さんは軽く1000匹は捕る。ガニはカボチャを餌に生かしておき、100匹単位で町内の料理屋に卸す。ちょっとした副業なのだが、「遊びよ。遊びにかけては何でもピカイチなんよ。ガニだけでなくウナギ漁も魚釣りもうまいんやで」と胸を張る。生きものに好かれるのか、川のほとりに住む5匹の子ダヌキとも友だちだ。
 川ガニを持ち帰った高田さんに2人の孫がまとわりついて離れない。隣家の主人も寄ってきた。高田さんが「こんまいの、やろか」と声をかける。「いらん。また歯がこげたら困るけ」。庭に笑いがはじけた。
 暴れるガニを大鍋に7〜8匹放り込み、水から強火にかけて絞めたあと、1匹ずつていねいに洗う。醤油、砂糖、みりん、酒で味付けし、ひたひたの汁で約40分間炊けば「ガニ炊き」の完成だ。真っ赤に炊きあがったガニをてんこ盛りにした大皿がドンとテーブルに置かれた。5歳の琉夏(るか)君が「おっきいの、ちょうだい」と、この日いちばんの大ガニをねだる。「どがい言うたて大きいほうが食べ応えがあらい」と高田さん。
 ガニの腹にあるフタ(フンドシ)を取り、甲羅を外して甲羅の汁をすする。匂いも味も濃厚だ。味噌と卵を堪能したあとは、エラを取って手づかみで2つに折り、脚を外しながら貴重な身をしゃぶり尽くす。指は煮汁でベトベトだが、止められない美味しさだ。ガニを炊いた汁で里芋、コンニャク、厚揚げなどを煮付ける「芋だき」、その煮汁を薄めて炊く「ガニ雑炊」も旨いと言う。こちらは食べ損ねた。
 琉夏君が「もう1匹ちょうだい」と手を出した。高田さんが目を細めてガニを渡す。琉夏君がもう少し大きくなったら、きっとおじいちゃんと一緒に秋真っ盛りの清流でガニ漁をしていることだろう。
ガニ炊き

文・伊藤直枝 写真・芥川 仁

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