
児玉治利(こだま はるとし)
大11年2月26日旧馬木村生まれ
昭22年京大法学部卒
昭25年毎日新聞社入社
昭58年から昭61年
毎日新聞社専務取締役大阪本社代表
平3年毎日新聞社退社
平2年から平6年大阪市教育委員
大阪府在住
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こんな自然に恵まれた中での生活は、今日のモノに溢れた時代とは比べものにならないものの「貧しい農村」というイメージは全く感じなかった。
豊かな農産物、四季夫々(それぞれ)の山野の幸に喚声をあげ、手厚い相互扶助の仕組みが人の和をつくり出していた。
商家を除き大抵の家が一、二頭の牛を飼い、また小さな池を持ち鯉の養殖をしていた。その世話に子供も手伝わされたものだが、当時の辛(しん)どい思いも今となっては懐かしい思い出である。
古里馬木に対する思いは尽きないが、今は六ヶ町村が合併して奥出雲町となり、神話に繋がる船通山や斐伊川の源流を共にし新しい連帯を創りつつある。
この姿は行政上の都合によるものとは云え、聊(いささ)かの違和感を旧各町村民は感じていないと思う。
その発展を祈ること切なるものがある。
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