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星見宏徳和尚 |
しかし和尚は「私にはそんな力はありません」と、その願いを退けてしまいました。それでもお順さんは、山を越えて松澤寺へやってきました。「弟子にしてください」と懇願して帰らず、和尚は一晩泊めるつもりが二晩、三晩となるのです。村の人たちから見れば、全良和尚は女人禁制の寺で女の人を匿(かくま)ってる、となります。しかも、お順さんのお腹が大きくなっていく。何と亡き夫の子を宿しておりました。嘘も方便、「尼の名前をあげるから」と約束して、和尚は臨月を迎えたお順さんを、生家の長谷川宅に送り届けました。しかし、無理がたたったのか、その後お腹の子とお順さんは亡くなったといいます。
ある日のこと、和尚が檀家の法要から帰ると、山門にザンバラ髪のお順さんが立っていたんですね。「約束のお名前をいただけませんか」と言うのです。「本空禅定尼(ほんくうぜんじょうに)」と唱えると、礼を言って幽霊は消えたといいます。
松澤寺の寺宝のひとつ「幽霊の掛け軸」の筆者は不明ですが、和尚さんがお順さんを忘れないように、夜、布団をかぶりながら描いたものだと伝わっております。毎年お盆に松澤寺にて、この掛け軸を公開して供養しておりますが、お順さんは恨みつらみで幽霊になった人ではありませんので、お顔の表情も優しいように見受けられます。