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一旦行方不明になっていたが戻ってきたお順さん幽霊の掛け軸
一旦行方不明になっていたが戻ってきたお順さん幽霊の掛け軸
お茶を飲みながら

 二百二十年ほど前に実際にあったお話です。ここからひと山越えた所にある湯八木沢(ゆのやぎさわ)に、お順さんという器量良しの娘がおられました。婿をむかえ誰もが羨む夫婦仲でしたが、ひょっとしたことでこのお婿さんが亡くなってしまいます。夫を亡くした悲しみ、混沌とした世をはかなむ気持ち。お順さんには、松澤寺(しょうたくじ)の全良(ぜんりょう)和尚が説く仏教の教えが心に響いたのでしょう。「私も尼僧(にそう)になって悩みから脱したい」と願い出ます。

星見宏徳和尚
星見宏徳和尚

 しかし和尚は「私にはそんな力はありません」と、その願いを退けてしまいました。それでもお順さんは、山を越えて松澤寺へやってきました。「弟子にしてください」と懇願して帰らず、和尚は一晩泊めるつもりが二晩、三晩となるのです。村の人たちから見れば、全良和尚は女人禁制の寺で女の人を匿(かくま)ってる、となります。しかも、お順さんのお腹が大きくなっていく。何と亡き夫の子を宿しておりました。嘘も方便、「尼の名前をあげるから」と約束して、和尚は臨月を迎えたお順さんを、生家の長谷川宅に送り届けました。しかし、無理がたたったのか、その後お腹の子とお順さんは亡くなったといいます。
 ある日のこと、和尚が檀家の法要から帰ると、山門にザンバラ髪のお順さんが立っていたんですね。「約束のお名前をいただけませんか」と言うのです。「本空禅定尼(ほんくうぜんじょうに)」と唱えると、礼を言って幽霊は消えたといいます。
 松澤寺の寺宝のひとつ「幽霊の掛け軸」の筆者は不明ですが、和尚さんがお順さんを忘れないように、夜、布団をかぶりながら描いたものだと伝わっております。毎年お盆に松澤寺にて、この掛け軸を公開して供養しておりますが、お順さんは恨みつらみで幽霊になった人ではありませんので、お顔の表情も優しいように見受けられます。

 
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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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