お天道様に当たって
汗かいて飴玉もらって
秩父小鹿野の夏の一日
家が隣同士という新井マサ子さん(67)と坂本マツエさん(63)は、時々立ち止まっては、石垣についたコケを鎌で削ぎ落としていた。 マサ子さんが、道路にいっぱい落ちている甘く香る梅を拾った。
「昔は、これも生で食ったんだいなあ」
「そうだいね」
「何だって食ったいな。生栗だってかじったぜ。ドドメ(桑の実)は口が紫色になっから、すぐわかっちまう」
「あたしは、麦ワラで籠(かご)を作ってバライチゴをいっぱい摘んだよ」
ふたりの足は、梅の木の下で止まってしまった。
庭先のヘメロカリスにキリギリスが一匹
布沢集落の入口で草刈り作業は終わり、
皆でドリンク「お疲れさま」
七月六日の日曜日、年に一度の集落で一斉草刈り日。 長若九区では、朝八時に集合場所の秩父大神社を出発した十八人が、毎年お決まりのコースを歩いていく。
埼玉県西北部の小鹿野町は、二子山や両神山など秩父連山に囲まれた自然豊かな盆地だ。 秩父札所三十四ヶ所巡りの霊場として多くの巡礼者がある。 札所三十二番「法性寺」のある般若地区は、昭和三〇年の合併まで長若村だった。 二十二世帯が暮らす九区の中でも、布沢集落の三軒は離れて山の上にあるため、草刈りは別行動。 今年も入院中の男性を除いて、全員参加だ。
「竹がめった伸びて困るんさ。ちょこっと刈ってくれるかい」。 集団に追いついたマツエさんが、自宅前を通る時に男性に声をかけた。 ほとんどの家は、自分のところの草を前日までには刈っておく。 どこを歩いてもスッキリしていて、草刈りをするような場所は、実際はあまりないのだった。 頼まれた男性が、ようやく力を発揮する機会を得て、柄の長い鎌をひと振りすると、ひょろりと伸びた竹が威勢良く倒れた。 「こっちもやるべえ」。 男数人が、面白がって気持ち良さそうに大鎌を振るう。 足元に生えていたのか、ドクダミの匂いが漂ってきた。
「あんたにゃ、まだだったねえ」。汗を拭っていた男性のもとへ駆け寄ったかと思うと、マサ子さんがポケットから飴玉を取り出して、勢いよく口へ放り込んでやる。 毎年飴玉を持ってきて、仕事中のみんなの口に入れてやるのだという。
木陰でひと休みしながら、「汗かくって気持ちええねえ」と誰かが言った。 「やっぱ、お天道様に当たんなきゃ、駄目だいね」
ここからは、林道へ向う上り坂になる。
(二ページにつづく)
結実したばかりの柿の実が、青々と清々しい
埼玉県秩父郡小鹿野町
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「秩父小鹿野・夏の一日」2
発行:
株式会社 山田養蜂場
編集:(C)リトルヘブン編集室
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