集落の奧にある民宿長若山荘を過ぎた辺りから、沢の水音が大きくなり道幅も狭くなってくる。 夜ともなれば蛍が舞い、カジカ蛙の声が聞こえる場所だ。
「よせよせ、置いとけよ」「うあ、凄いや」
急に、賑やかになった。 鎌を持った集団が取り囲んでいたのは、青大将の抜け殻だった。
「こんなでっかいの、見たことないや」「一八〇センチはあるんじゃねえか」
ふわっと風になびくそれを、自分の首に巻いたのは副区長の善ちゃんだ。 それを見た女性陣が、きゃーっと叫び、男性陣はニヤニヤする。 「財布に入れときゃいいよ」、誰かが言う。 ひとしきり騒い だ後、草刈り隊は先へと進んだ。
長さ2メートルはありそうな青大将の抜け殻を発見し、
自分の身長と比べる副区長の善ちゃん
3軒だけが暮らす布沢集落の畑は、
カラス避けの工夫で賑やか
毎年、この草刈りに車椅子で参加する森前嘉四男さん(61)は、登り道でも難なくみんなについて行く。 大工をしていた四九歳の時に、現場で事故に遭った。
「自分はあんまり出来ねえから、ただ参加するだけですけどね」。
小型の鎌を膝にのせ、鍛えた腕で力強く車輪を回す。思うように草刈りが出来ないのは、マツエさんも同じだ。 数年前に脊髄の手術をしたこともあって、身を屈めて作業することが辛い。 マツエさんは、大好きな氷川きよしコンサートの話をみんなに聞かせていた。
善ちゃんが「この鎌は一万五千円で買ったんだ」と、値段の付いたままの大鎌を見せると、「うちの鎌は従兄弟が打って作っている。九千円だいね」 と、万谷(ばんや・屋号)の弘ちゃん(71)が家から鎌を持ってきた。 さき程まで自慢げだった善ちゃんはシュンとなってしまった。
畑に出た猪の話、小学校と中学校はこの先統廃合になるのか。 草刈りの日に交わされる会話は幅広い。
布沢集落へ上る林道入り口まで来て、草刈りは終了した。配られたペットボトルのお茶を飲んで一息つく顔は、みな満足そうだ。
「お疲れさまでした。次は八月末の輪投げ大会ですので、よろしくお願いします」。 善ちゃんこと、 副区長の森前善さん(54)が最後を締めくくる。区長の坂本和夫さんは布沢集落で別行動のためだ。
長若地区の一区から十四区までが競い合う輪投げ大会で、九区は何度も優勝している。 「輪投げっつっても、奥が深いんさ」。みんなが大笑いした。 汗が輝いている。
木の葉に止まっていたコガネムシ
文・阿部直美 写真・芥川仁
「秩父小鹿野・夏の一日」1
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薬草の香り「つつっこ」
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