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洞鳴の滝 情死悲話

秘めたる愛のささやきは、
恥ずかしさに途切れがち。


これは今から三百三十年前に藤原村で本当に起こった話やっとよ。岸高から井手野へ向かう県道の途中に洞鳴の滝ゆうてあろうが。この滝で延宝九年の正月二十一日におおごとがあったわけ。

その夜は大吹雪。雪の止んだ翌朝、藤原村大庄屋の音成六兵衛重任(おとなり・ろくべえしげとう)を訪れた名主の平兵衛が、涙を拭きながら報告する。
「お館さま、お気の毒なことでございます。洞鳴の淵(ふち)に水死体が流れ着いているというので検(あらた)めてみますと、お館の御曹司善忠(よしただ)さまとお仙(せん)ではございませんか」

善忠は当年十九歳。一方、お仙は、庶民の娘で十八歳。ふんわりと垂れる黒髪、匂いこぼるるばかりの田舎には稀な美女。
現在では落差のなくなった洞鳴の滝。この先に滝つぼがある
現在では落差のなくなった洞鳴の滝。この先に滝つぼがある

その前の年。菜の花が咲く春の一日。洞鳴の淵に釣り糸を垂れていた善忠の脇を通り過ぎようとしたお仙。密かに思い焦がれていた二人が運命の出会い。大庄屋の御曹司善忠と庶民の娘お仙なれど、もはや身分の上下、行く末を考えるゆとりもなく、変わらぬ契りを結ぶ仲となってしまった。
しかし、善忠の父、大庄屋音成六兵衛重任。
「それはでけん。何としたことぞ、この親不孝者めが。身分家柄を考えても見よ。庶民の娘と恋仲に陥るとは言語道断。七生までの勘当だ」
と、刀を引き寄せ、今にも切り捨てんばかりの勢い。善忠はこの世での恋をあきらめるほかなかった。

お茶を飲みながら
正月二十一日の雪嵐を幸いに、夜も更けてお仙を誘い出す。善忠は、別れるよりも死を選びたいと打ち明けた。聞いたお仙も心は同じ。互いに固く抱き合い南無阿弥陀仏の声もろともに洞鳴の滝へ身をおどらせたのである。
さて、善忠とお仙の情死を知った大庄屋六兵衛重任は、ついに二人の恋を許し、音成家累代の墓地にしめやかに葬ったのやと。

そいばっきゃ
(これでお終い)

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