山田養蜂場 TOP
リトルヘブン
「本当に星の降る村」

「なんて澄んだ空気なんだろう!」
「この冷たい水ってなに!?」
「星が降るって本当にあったんだネ」

東京の友人をふるさと「三瀬村」に案内した時の異口同音の言葉です。
佐賀市三瀬村は、全国でも数少ない市の中にある村!
そこには、素晴らしい自然があります。もちろんこの井手野地区にも。

新緑の中に、こぼれるように咲くしゃくなげや、本場ならではのワサビのツン!には「涙のづっ(出る)」。
でもこの村は、昔からただの田舎だったわけではありません。 有史以前から人々が住み、室町時代には、朝鮮王朝でハングル文字を創始した世宗大王の家来・申叔舟(しん・すくじゅ)が書いた 「海東諸国紀(かいとうしょこくき)」に、この山地を越えての朝鮮との貿易のことが記されています。
戦国時代には、太宰府の少弐政資(しょうにまさすけ)から地元の杠日向守(ゆずりはひゅうがのかみ)らに合力を頼む手紙が来ているとおり、 中国の大内氏や佐賀の竜造寺氏らと覇を競う神代勝利(くましろかつとし)ら武将の盤踞(ばんきょ)するところでもありました。

明治維新後の、佐賀の乱では、井手野地区の後背地・椎原峠が佐賀軍と政府軍との戦の場ともなっています。
そんな井手野地区は、三瀬村の最奥に位置しますから、水も空気も一層綺麗で、それを利用したヤマメ・ニジマス養殖、観光栗園、キャンプ場、 地鶏の飼育などが行われて、他では味わえない食材の宝庫です。
そして、こうした事業を行っている人々は、国際的でもあり一揆してことに当たった中世神代一党の「一味同心」の心を受け継いでいるといってよいでしょう。 互いに協力し、助け合う「もようて」の精神です。

長く都会で仕事をしている私ですが、そんな三瀬村のことは一日も忘れたことがありません。 祖先が培ってきたこの精神を都会で生かせないものか。 また、この都会の人に三瀬村や井手野地区を紹介し、もっとふるさとに貢献できないかを毎日考えています。 魅力に富んだふるさと、それは本当の「おもしろ村」です。

嘉村 孝 (かむら たかし)
1950年、佐賀県(三瀬村)生まれ。
中学一年生の時、「次郎物語」を読んで葉隠に興味を抱き、佐賀の旧跡を足で歩く。
弁護士のかたわら大学の講師や歴史の研究会を主宰し、インターネットの「武士道バーチャル博物館」で史料提供。
著書に「葉隠論考」、「弁護士の目」、「憲法学習のすすめ」などがある。


読者からの便り
リトルヘブンを読み、人と人のかかわり方一つで、心にも響いてくるし、あったかだし・・・。 そして何より自分は、一人で生きているわけではないんだ!と言う事に気付かされました。
東京都板橋区 K・H(40)

妻も病、私は障害者。思い出すのは故郷のことばかり。 紙面を見ると、何故か身近にあった景色と思わんばかりです。人間って不思議な生きものですね。
大阪市住吉区 M・H(57)

北村耕一さんの記事を読んで思い出した。 妹が、牛舎で牛の世話をするアルバイトを見つけてきた。 妹の顔は日に日に輝いていった。「牛は可愛いで。嬉しいと笑うねん!親方に怒られると涙ポロポロ流して泣くねん・・・」。
大阪市西区 H・S

「【人】 園田利次さん」 TOP  1  2  3  4  5  6  7 「いま、三瀬村で」

発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori  Haedline:Anabuki Fumio