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リトルヘブン
 
コウホネの取り入れをする岩田静子さん彼女の
背後に尾崎谷湿原が広がる
二十日大根の種を蒔く静子さんの手
十二世帯が暮らす西八幡原三島地区の背後に、尾崎谷湿原がある。この湿原から一段下がった水田跡で、岩田和美さん(64)が、もともとこの地に自生していたカキツバタを栽培している。五月中旬、ピンと伸びた葉の中に、青紫色の花が咲き始めていた。和美さんは、腰まで泥水に浸かって草取り仕事に忙しい。作業小屋では妻の静子さん(65)が、コウホネの葉と蕾を手際よく組み合わせていた。  
静子さんは、瀬戸内海の豊島で生まれ育った。「この仕事は、楽しいよ。でもね、嫁に来た頃は、雪の中は歩けんし、田植えだって慣れておらん。尻餅ついて泥だらけになったんだわ」。今年の田植えは、息子の和英さん(34)が機械でやってくれた。「私はね、子供らには好きにして欲しかったから、長男にも継がんでええって言うとったの。ところが変わった子で、農業が好きだって言うんだわ。大学で農業の勉強して、私が、嫁さんを見つけなってはっぱかけたもんだから、ちゃんと連れて帰ってきたんよ」和英さんは今、家の前に四棟のビニールハウスを建てて、スターチスの花を栽培をしている。  
菜の花に似たハルザキヤマガラシが、土手いっぱいに咲き乱れ、草むらを元気に走り回る幼い子供たちの姿があった。手を振る先には、先ほどまで田植えに忙しかった岩田積さんの姿がある。機械で植え残したところを、手で植えている。幼い子供らは、帰省中の孫たちだ。  
ゼンマイを袋詰めしていた中江三恵子さんも、可愛い子供たちに思わず笑顔がこぼれている。「この地域の娘さんたちは、早くに外へ出て行くのよ」。クッキーをすすめてくれながら、三恵子さんが言った。「娘には同じ苦労をさせたくないって、やっぱり母親は思うんじゃないかしら」。押し花のついたそのクッキーは、長男のお嫁さんが母の日に贈ってくれたという。花が好きな母を、よく知っているのだ。娘も息子も、故郷を離れた時、その厳しい自然さえも愛おしく感じるのだろう。
「虫の目 里の声」 TOP  1  2  3  4  5  6  7 土地の香り、家の味
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori