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リトルヘブン


もぐらみたいに、穴の中を移動する三人の男たち。一体彼らは何をしているんだろう、とマジックペンで描かれた絵をよく見ると、注釈に「むじな掘」とある。「アホみたいやけどなあ」と、江端龍男さんが、囲炉裏の横に腹ばいになって手足を伸ばして縮める。絵と同じ格好だ。「死んでまうでぇ、二度としたくねえけどな、ありゃあ面白かったいなあ。春先、山でムジナの足跡を見つけると、四、五人して穴ん中を這いつくばって入ってくの。ロウソクの火も、酸欠で消えてよ、土を掻きだし掻きだし奥へ入って、捕まえるんだ。肉は脂が多くって、大根と煮て食べると、顔がツベツベしたっけや」。くっくっと笑う龍男さんの横で、妻のさち子さん(66)は、「ムジナは臭くってね、私らは嫌やったわあ」と、顔をしかめてみせた。  『ダムでも消えぬ 人生の記憶集』と題する龍男さんの自費出版本を更にめくる。
へそ釜風呂に浸かってごきげんな男が現れた。注釈は「風呂入り」だ。 「わしが子どもん頃は、 が、ひとつの家族のように見えてくる。  「俺は普段、男ひとりでおるわ。近所のおばちゃん達が気い使って、煮物だの刺身だのって持ってきてくれるんだ。この集落じゃあ今だに、赤飯炊くのも余分に炊いて周り近所に配りよる」
現在の風呂。富士山のタイル絵が自慢だ
囲炉裏端で、ふるさとの暮らしを聞かせてくれた江端龍男さん
小雨の中、軽トラックの荷台に乗って、林道をワサビの山に向かう
杉山の沢に生える野生のワサビを採る江端さん夫婦
龍男さん夫婦は、二つの家を行ったり来たりしてきた。さち子さんと四人の子どもたちが暮らす福井市内の家と、親から受け継いだ金見谷の家だ。隣の千代谷にあった第二小学校が廃校になった時に、決断した。龍男さんが子どもの頃は、大人たちがかんじきで踏みしめてくれた学校までの雪道を、長い列を作って友達と歩いた。子どもたちの代になると、雪道を一緒に歩く友達がいなくなってしまったのだ。役場勤めの龍男さんが金見谷の家に残り、福井市まで片道四十五分の道を行き来して、夫婦で子どもを育て、先祖から受けついだ山を守ってきた。夕方、ふたりは、山へ入った。水がチョロチョロと流れる斜面をゆっくり登っていくと、ひょろっとした野生ワサビの葉が茂っていた。
掘り出して小さかったものは、再び石を被せて土に埋めておく。 「毎年、盆になるとたくさん採って、子どもたちに持たしてやるんだ」  ダムが出来ても、ワサビの山はこれまで通り出入りができる。ふるさとは、形を変えて残っていく。
山から採ってきた野生のワサビ
 
池田町名物「越前おろしそば 塩だし」 (写真は大盛り)
池田町役場のすぐ近くに「そば処 一福」はある。「塩だし」が売りだ。小ぶりな器にそばが盛られ、透明なだし汁がヒタヒタにある。「ネギの下におろしワサビがありますので、良くかき混ぜて食べて下さい」と、ひと言添えて出される。ネギを揺らすと、隠れていたおろしたてのワサビの香りが広がった。醤油を使わず塩で味を調えただしは、大根おろしの辛さと塩の持つ奥深い甘さが絶妙のバランスだ。シンプルゆえに、大根おろし、ワサビ、そば、ひとつ一つの風味が生きている。店の奥さんが、「うちの先代は写真屋で、最初は趣味でそば屋を始めたのよ」と教えてくれた。地元の人は、誰もが自宅でそば打ち自慢だ。それでも時々、不意の来客の時、近所から注文の電話が入る。「写真屋さん、そば3杯持ってきて」。今でも通称は、「写真屋さん」だ。

福井県今立郡池田町のデータ

●人口/3,364人(2009年6月1日現在)
 男 1,630人
 女 1,734人
●面積/194.72 km2(山林91.7%) 
●高齢化率/39.12%(2009年4月1日)
●主要産業/農林業
●池田町役場
 福井県今立郡池田町稲荷35-4
 〒910-2512
 TEL0778-44-6000
●取材地/福井県今立郡池田町への行き方
大阪からJR(特急)で武生駅まで、約2時間
名古屋からJR(特急)で武生駅まで、約2時間
JR武生駅から福鉄バスで、役場のある稲荷バス停まで、約1時間
金見谷地区までは、役場のある稲荷地区から国道476号線を北(福井市方面)へ、松ヶ谷地区から部子川沿いに東へ。
役場から車で約20分間。
林道から町役場のある稲荷地区を遠望する
 
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発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
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