TOP
リトルヘブン
 

  今でも鮮やかに思い出す光景がある。たしか小学 校四年か五年の頃、近所の悪童と二人で山遊びをし ているうちに、中須の山中の洞あなですっかり眠り 込んでしまった。ふと目を覚ましたか起こされたか 不確かだが、もう外は真っ暗で、映画に出てくる山 狩りのように、手に灯りを持った大勢の人々が周り を取り囲んでいた。いつも厳しかった父が無言で、 むしろ優しく背負われて帰った記憶がある。後から 聞いた話だが、二人の子供が夜中になっても帰って こず、大変な騒ぎだったらしい。
 十二才の夏まで中須で生まれ育った私には、中須 の里山の自然がすべて遊び場だった。川釣り、山で のあけび取りや秘密基地づくり、青豆鉄砲を作って 冬田での戦争ごっこ、柿盗りなどなど。ほとんど毎 日、小学校から帰るや否やランドセルを放り投げ、 日が暮れるまで中須の野山や川を駆け巡っていた。
 現代の環境政策の祖とされるレイチェル・カーソ ンは、私たちに「センス・オブ・ワンダー」の必要 性を説く。自然の恵みをたんに原料や道具として見 るのではなく、畏敬を持って大自然に接する心構え を説いたものだ。今、地球環境の仕事をしている私 の中のセンス・オブ・ワンダーは、間違いなく中須 で野山を駆け巡った幼少期の経験が育んだものだ。
 もちろん私を育ててくれたのは自然だけではな い。誰もがお互いを知っていて、顔を見ると「てっ ちゃん」と声を掛けてくれる人々に、温かく見守ら れていた。小学校も一学年三十人くらいで程よくま とまり、冬は石炭ストーブの焚きつけの小枝を拾い 集め、夏は地区対抗のソフトボールにと、皆がまだ 貧しかったけれども集い支え合う、温もりのあるコ ミュニティがあった。
 昔は良かったという話ではなく、昔に戻れるわけ でもない。このグローバル化された現代社会におい ても、子供たちを育むセンス・オブ・ワンダーと温 もりのコミュニティは欠かせない。それを提供する のは私たち大人の責任となる。
 
飯田哲也(いいだ・てつなり)

1959年、山口県周南市中須生まれ。京都大学修士、 東京大学博士。ルンド大学(スウェーデン)客員研究 員。自然エネルギー政策では世界的な第一人者とし て国際再生可能エネルギー機関(IRENA)戦略アドバイ ザリなど歴任。日本を代表する社会イノベータ。新 政権で事業仕分け人も。
著書は『北欧のエネルギーデモクラシー』(新評 論)、『グリーン・ニューディール?環境投資は世 界経済を救えるか』(NHK出版)など多数。
 
里人に聴く TOP  1  2  3  4  5  6  7 ふるさとの未来 中須小学校のこどもたち
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori