「土間はええねんな。今の家は玄関のドア開けて用件言うたら、すぐ帰りますやろ。うちは台所まで入ってきてストーブに当たってな、温(ぬく)いわって言いながら色んな話をしますやろ。なんや親しみが感じられるんやわ」。台所と漬けもの蔵を行ったり来たり、夕方の良美さんは忙しい。覚さんは、土間で新聞を読んで一休みだ。 「わしな、未だに夢に見んのやで。若い時分に、二百五十tのホンダのバイク買うてな、ダッダッダッと材木市なんかによう行ったんや。バイクを現金で買うたもんやさかい、びっくりされたわ。材木でひと頃は儲けさしてもうたけど、今は何も残っとらん。金に追いまくられん今の方が、ずっと気楽やわ」 十年前は、四トントラックに積んだ杉の丸太が二十万円で売れたが、今は七万円にしかならない。それでも、良美さんが作る弁当を持って、一日を山で過ごす。社会状況の変化を受け入れながら、何十年と繰り返される生活だ。
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「奥さん、味見てってや」。良美さんが曽爾高原を訪ねて来た観光客に声をかける。 「毎年夏に、胡瓜(きゅうり)五百本、瓜(うり)百個を漬けますねん。塩漬けの後に四回酒粕を変えてな、ようやくこの味が出るねんで」 十月と十一月の二か月間、良美さんは曽爾高原温泉「お亀の湯」の近くで、自家製の粕漬けや糠漬け、水菜や白菜などの野菜を販売している。 |