TOP
リトルヘブン
搗き上がった餅を丸める旭町婦人会の皆さん
小西さん宅の床板を開けると、
井戸の上に水神様の御幣
 昨年まで、かまくら保存会会長をしていた小西榮之進さん(79)宅には、部屋の中に井戸がある。かつて土間だった所の床板を開けると、黒光りする石積みの井戸があらわれて度肝を抜かれる。「今の時期、水が一番少ねえっす。四月頃になればよ、井戸の上の方さ水が上がってくるんだどもな」。現在も井戸の水をポンプで汲み上げて使っている。「この井戸は五、六代前、江戸の末期頃作られたんだびょん(だろうな)。昔ここらは火事が多かったんだども、井戸は残るべ。石積みの中に隠し金庫があるかもしれねえって冗談で笑うんだ」
  六郷地区は奥羽山脈の雪解け水が作った扇状地だ。清水の里として知られ、湧水地が六十か所を超える。
  「横手のかまくらは水神様で、六郷の鳥追い小屋は鎌倉大明神を祀るんだ。ここは水がええから、神様に頼まねえったって構わねんだ」。榮之進さんがいたずらっぽく笑った。
 二回戦を終え、竹打ちは残り一回戦を待つばかりだ。応援する声がある一方で、「俺らの頃は、こんなもんでねがったど」と、参加者が年々減ることを残念がる声も多い。木貝を吹いて応援していた高橋厚さん(69)が出ていた頃は、三百人以上が打ち合いをして、竹が絡み合って押せ押せのスクラム状態になったものだ。今になってみれば、乱闘騒ぎも懐かしそうである。
  そこへ、子供たちが天筆を持って、松ニオ(門松、しめ飾りなどが積まれたもの)の前に集まってきた。闘いの場が、子供たちの笑顔に占領される。秋田諏訪神宮の宮司が、今年の恵方西南西から松ニオに点火すると、天筆が勢いよく投げ込まれた。赤や緑の紙が炎に包まれて、天へ昇る。豊作を願う天筆焼きは、鎌倉幕府の「吉書焼き」からきたものだという。
 「幸太郎、おめえも竹打ちに出るべや」。天筆焼きに来ていた息子の幸太郎くんを小松勉さんが誘った。幸太郎くんの目には、活き活きとして竹を振り回す父の姿がしっかりと映っている。かっこいい、とその目が言っていた。屋根より高く燃え盛る炎を前に、竹打ち最終戦開始のサイレンが鳴った。勉さんは、雄叫びの飛び交う最前列へ、青竹を握りしめて走り込んでいった。六郷に残る伝統行事は、こんなふうに親から子へと引き継がれてきたのだ。
「虫の目 里の声」 TOP  1  2  3  4  5  6  7 土地の香り、家の味
発行:株式会社 山田養蜂場  編集:(C)リトルヘブン編集室
Photography:Akutagawa Jin  Copyright:Abe Naomi  Design:Hagiwara hironori