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鳥追い小屋の前で地域の子ども達と搗いたばかりの餅を持ち上げて気勢をあげる |
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揃いの真っ赤な法被を着た十八人の男たちが、力いっぱい杵を振り下ろす。「わっせわっせ」と、かけ声が飛び交うなか、「何か歌うべや」と大久保繁さんが呼びかけると、六郷小学校の校歌合唱となった。市場商店街の鳥追い小屋の前で、今年も恒例の四十二歳厄男たちによる餅搗きが行われた。搗いた餅は熊野神社と秋田諏訪宮へ奉納される。 |
「かあちゃん(妻)を去年一月に亡くしたんだ。その前の年には姉が亡くなって、おまけにこの前、息子のサッカーに出て目の上を縫う怪我したんだ。厄年だし、いろいろ続くもんだからばあちゃん(母)が心配してよ、今年の竹打ちはやめれって言われたんだ」。不幸があれば出場できないので、繁さんにとっては三年ぶりの竹打ちになる。迷ったけれど、参加を決めた。
「あれは、見るもんでね。やるもんだ。見てれば、バカじゃねえかって思うベ」「だすな」。秋田諏訪宮に餅を奉納した後、スキーウェアに着替えた繁さんが、同級生の高橋和博さんと旭町町内会の鳥追い小屋に向かった。 |
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竹打ちが始まる直前、タオルで顔を覆い気合いを入れる |
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昼間、子供たちが遊んでいた鳥追い小屋から、火鉢で焼く肉の匂いがする。旭町の男たちが焚き火の周りに続々と集まってきて、出陣式が行われ、酒を酌み交わしながら若者らに発破をかけていた。
ふたりが竹打ちに初めて出たのは、中学生の時だ。「先生に見つかんねえように、開始まで陰に隠れてて、隙を狙って参加したんだ。ヘルメット被ってタオル巻けば、誰だかわからねもんな」。パンチを食らって前歯が折れようが、毎年、町内会から送り出されて闘うことが嬉しいのだ。 |
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繁さんは癌で父を失った。まだ高校生の時だ。「油まみれの父親が、かっこえかったんだ。大学を卒業したら一緒に店をやるつもりが、予定が早まったんだな」。十七歳で父の農機具店を継いだが、若かったがゆえに苦労も多かった。今、ふたりの子供の父親だ。「いろいろあって、まだ立ち直れてねえけど、地域の人はみんな気持ちええ人ばっかりだし、同級生同士が仲良くってありがてえんだ」
星が輝く夜。雪に包まれた竹打ち会場は、観客であふれていた。今日は控え目にすると言っていた繁さんは、青竹を手にした途端に「前さ出るべか、後ろさ行くべか葛藤中だ」と言う。長靴は、竹に挟まっても脱げないように紐で結わえて、戦闘態勢は万全である。ウーウーとサイレンが鳴った。誰よりも先に相手の陣地へ攻め込んで竹を振ったのが、繁さんだった。終了の合図があっても、最後までパカパカ相手を叩いていたのも繁さんだった。
同級生の桑野弘隆さんに羽交絞めにされて連れ戻された顔は、天筆焼きの煤で黒くなっていた。頭から湯気をたてながら、みなで肩を抱き合う。「ひば、反省会だ」。町内会の皆が待っている打ち上げの会場へ、雪道を勇ましく歩いていった。 |
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天筆焼きの会場で、長男の雄登くん(10)の肩を抱く。
炎で真っ赤に照らされてい |
竹打ちの開始を告げるサイレンが鳴ると、
真っ先に飛び出した大久保さん(中央) |
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六郷の地名は、アイヌ語の「ルココッツイ」(清らかな水たまりのある所)からきていると言われる。「全国名水百選」にも選ばれ、清水の数は60以上だ。冬は雪に埋もれてしまう清水の多いなか、御台所清水はたっぷりの水をたたえていた。近所の人が、朝、顔を洗いにやってくる。真冬でも冷たすぎず顔にぴりっとこないからバシャバシャ洗えて、しかも目に良いと聞く。口に含めば、ほんのり甘い。
冬の御台所清水は静かだ。周りの杉に積もった雪が、綿菓子のようにふんわりと水面に落ちて消えていく。太陽が差し込めば、底のまあるい石が玉虫色に光って見える。今回は見ることはできなかったが、氷河期の生き残り「ハリザッコ」(イバラトミヨ)が住む清水でもある。ぜひ夏に来て、スイカを丸ごと冷やして食べたいものだ。 |
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周りが雪で覆われた御台所清水 |
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秋田県仙北郡美郷町のデータ
●人口/22,520人(平成22年1月末)
●面積/167.8 km2
●高齢化率/30.34%
●主要産業/稲作
●美郷町役場 商工観光交流課
〒019-1404
秋田県仙北郡美郷町六郷字上町21
TEL0187-84-4909
●取材地までの交通
東京駅から新幹線「こまち」で大曲駅へ、所要時間は約3時間30分。
大曲駅から徒歩2分の所にある大曲バスターミナルから、
羽後交通バスで横手方面行きに乗り、約30分で六郷上町バス停へ。(運賃490円)
六郷地区には、美郷町観光情報センター(TEL.0187-84-0110)がある。 |
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雪が降る中で、天筆が風に煽られる |
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