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準備が終わって、ひと息付く5隣保の皆さん |
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参拝の後で、お宮をひと巡りするのが習わしだ |
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神事が始まるのを待つ飯見地区の皆さん |
「どこ行くんや、ちいちゃん。こっちから線を通した方がええ」「じゃかあしいわ」「ちいちゃんは人の言う事聞かんのやから。ほんませっかちやなあ」
今年の節分祭の当番は、五隣保(班)だ。岡田雄邦さん(41)が、真っ直ぐに伸びた百七十五段の石段へ電球の配線を引っ張ろうとする。ちいちゃんこと高下千昭さん(68)は、雄邦さんの逆へ逆へと電線を引っ張る。ふたりはじゃれ合うようにしながら、絡んだ配線を伸ばして、神社の鳥居、杉の木、竹へと電線を伝わせて、ようやく加茂新明神社の参道に明りが灯った。
「今日の火は、穏やかでええわ」。雪がこびり付いた大きな薪は、一気に燃え上がらず柔らかな炎を上げている。掃き清めた境内で、五隣保の男たち七人が焚き火を囲む。
「一月末に、一輪車に薪積んで上がったんや。ちいちゃんに声かけよう思うたが、まあええわって、ひとりで登って来たわ」。下久男さん(62)が言うと、「そうや、わしは体を動かさんと口だけで仕事すっから」と、からかわれ役の千昭さん。「あかんよ。ちいちゃんはあかんでえ」と一同が笑ってちいちゃんを見る。千昭さんは苦笑いしながら、皆に御神酒をついで回った。青竹を切って作ったぐい飲みだ。二月三日夕暮れが近づく頃、「新明さん」と皆が親しみを込めて呼ぶ加茂新明神社の節分祭の準備は終了だ。
兵庫県の中西部に位置する宍粟市は、天空回廊と呼ばれる「宍粟五十名山」があり、面積の九割が森林だ。揖保川の支流引原川の谷に向かった傾斜地に、五十四世帯の家々が、密集して建ち並ぶ波賀町飯見地区。
夜八時過ぎ、夕食を終えた飯見地区の十八人ほどが、柔らかな炎の焚き火を囲んでいた。「わしは、火をせせるんが昔っから好きやねん」。棒で薪をつつく岡田初雄さん(66)に、「寝小便するぞ」の声がかかる。新明さんの節分祭は、豆撒きもなし、鬼も現われない。焚き火の輪に加わることがお楽しみだ。午後九時前になって神事が始まった。宮守の竹上雅章さん(78)が神殿で唱える祝詞を、皆で頭を垂れて聞く。最後はいつも、全員で家内安全を願って般若心経を唱和するのが、昔々から飯見地区の流儀だ。「心が一つになったようで、気持ちが和む」と、満天の星空の下、それぞれが家路についた。
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