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リトルヘブン
宮崎県で最も大きな灌漑用ため池、籾木(もみき)池のほとりに記念碑が建っている。 移住者によって開拓された国富町八代北俣の集落が、水不足に苦しんだ歴史だ。大正五年に籾木池は作られた。 しかし、全ての水田を満たすだけの水量には足りず、水争いが絶えなかった。改修の末にパイプラインが整備されたのが平成四年。 「こん池が、地域の農業を全部支えとるっとよ」。薩摩原土地改良区の理事長を務める優さんは、 長く池の改修事業に立ち会ってきた。
大根を引く三根久美子さん ひと休みする三根米子さん
大根を引く三根久美子さん
ひと休みする三根米子さん
宮崎県最大のため池籾木池の岸辺から水面を望む
自作の小さな熊手で、ムラになった千切り大根をならす福田優さん
「今年の切干し大根は、高値がついちょるよ。でもな、農業は何が良くっても規模拡大じゃのう て、輪作のローテーションよ。米作ったその土地で何か作るっちゃ。その上でな、牛を飼うんが夏 のボーナス、千切り大根が冬のボーナスちゅうことだ。給料取りは三十日で良いけど、農家はな、 三百六十五日のこと考えて消費設計を立てねばならん」優さんは早期水稲をこの地域で最初に取り入れた。 八月には米を収穫出来るので、同じ土地で大根の裏作が可能になった。

「そん頃な、福田は水泥棒じゃって言われたわ。ところが、今はみんなが早期水稲に切り替えて、大根を輪作しちょる。早期水稲の方が、むしろ水がいらんのよ」 水不足に苦しんだ地域ゆえ、足並みを揃えずに早期水稲を始めたことを非難されたのだ。先駆者ゆえの苦労だろう。 「だけどよ、農業はいいっちゃよ。自由だ。食うもんは自分で安全な物を作れる。家だって、土地があるからそれなりの家が建つ。衣だってよ、総理大臣と同じもん着ちょるもんな」 西の九州山脈に陽が傾く頃、甘い香りの漂う千切り大根の棚の前に、優さんの姿があった。生産性を高めて満足できるまでになった田畑を息子に 譲り、一線を退いた優さんの表情は明るい。

文・阿部直美
写真・芥川仁
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